『百億の昼と千億の夜』 光瀬龍
著者:光瀬龍
この作品を萩尾望都のマンガで読んでから活字で深く味わいたいと思っていて、ようやく読んでみました。
壮大なスケールで描かれるSF、と言うよりは光瀬版の神話と言えるでしょう。
基盤となっているのは仏教やヒンドゥー教の世界観です。
ただ、般若心経やヴェーダを勉強した身としてはとうていあれらの深遠さには及ばないので、宗教や神話よりはもっとハードな物理学に振った科学ミステリーにして、ずっと浸っていたいと思うような長大な作品にして欲しかったと感じました。
「とてつもない」という形容で私が思い浮かべるのはグレッグ・ベアの『永劫』『久遠』の二部作ですが、数字上はその何百万倍も長大な期間の話でありながらスケール感では負けている感を受けました。
しかし仏教的虚無感を表現する事には成功しています。
阿修羅王の数億年もの苛烈な戦いとその後の数兆年に渡ろうかという孤独に思いを馳せると、万物の流転の中で自我を保つこと、これ以上に虚しものはないと思わせるのです。
それらを神話的にもSF的にも何度も何度もイメージしてきましたが、別の誰かがそれと同じ事をした成果をこうして楽しめるのは嬉しいことです。
ちなみに萩尾望都のマンガ版とは読後感がほとんど変わりません。
萩尾望都の的確なイマジネーションとメディア変換能力は素晴らしいものですね。
[2012-7-30]