森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

『百億の昼と千億の夜』 光瀬龍

 
イメージ 1著者:光瀬龍
 
 
 
この作品を萩尾望都のマンガで読んでから活字で深く味わいたいと思っていて、ようやく読んでみました。
 
古代ギリシアから始まりさかのぼってアトランティス崩壊・釈迦の出家・キリストの昇天を結び、背景として4億年続いているという阿修羅王梵天王の戦いを置きます。
 
・五十六億7千万年後に現れるといわれる弥勒とは何者か?
・宇宙の生成と崩壊を外側から見守って既に一兆年になるという転輪王は姿を現すのか?
・衝突する銀河系とアンドロメダ星雲の運命は?
 
壮大なスケールで描かれるSF、と言うよりは光瀬版の神話と言えるでしょう。
 
基盤となっているのは仏教やヒンドゥー教の世界観です。
その神話的世界が実在し物理法則に従って展開しているという事をバックボーンに、そのカラクリを数千年(阿修羅王にとっては数億年)かけて探し当てるという、一種の探索型ミステリーSFといえるかもしれません。

あまりに盛り沢山な内容を選択と集中を徹底して活き活きと描いています。
会話を中心に進むので全く非日常的な内容にもかかわらずとても読みやすい内容です。
 
ただ、般若心経やヴェーダを勉強した身としてはとうていあれらの深遠さには及ばないので、宗教や神話よりはもっとハードな物理学に振った科学ミステリーにして、ずっと浸っていたいと思うような長大な作品にして欲しかったと感じました。
 
「とてつもない」という形容で私が思い浮かべるのはグレッグ・ベアの『永劫』『久遠』の二部作ですが、数字上はその何百万倍も長大な期間の話でありながらスケール感では負けている感を受けました。

またヴェーダーンタ哲学やヒンドゥー教の無鉄砲な壮大さが想像力をかきたてますが、終盤に極微の巨大さ・宇宙の微小さ、という視点がもっと盛り込めればより感動的になったと感じます。
 
しかし仏教的虚無感を表現する事には成功しています。
阿修羅王の数億年もの苛烈な戦いとその後の数兆年に渡ろうかという孤独に思いを馳せると、万物の流転の中で自我を保つこと、これ以上に虚しものはないと思わせるのです。
 

天体と素粒子、万物と無、ブラフマンアートマン(摂理と自我)、色即是空。正反対と思われたものを同一視する究極の根本原理への憧れ。
それらを神話的にもSF的にも何度も何度もイメージしてきましたが、別の誰かがそれと同じ事をした成果をこうして楽しめるのは嬉しいことです。
 
 
ちなみに萩尾望都のマンガ版とは読後感がほとんど変わりません。
萩尾望都の的確なイマジネーションとメディア変換能力は素晴らしいものですね。
 
 
[2012-7-30]