小説 鬼龍院花子の生涯
鬼龍院花子の生涯
中央公論社 中公文庫
まず指摘したいのは題名について。
私は『鬼龍院花子の生涯』の何たるかを全く知らずに(映画も見ていません)読みだしたので、全体の1/4に当たる70ページになっても花子が登場せず半分を過ぎてもまだ小学生でほとんどセリフのない端役にすぎないという事態に、困惑したまま読み進めなければなりませんでした。
その困惑は、2/3あたりで題名に騙されたと感づいた後も、終盤にかけて何かが起きるだろうという微かな期待と背中合わせにとうとう最後の一行まで続いたのです。
この物語は鬼政こと鬼龍院政五郎が土佐で一家を成し、その実子である花子が45歳で没するまでを描いた栄枯盛衰の記録です。
白井松恵という鬼政の養女の視点で書かれており、養女でありながら任侠道のあり様にくみしない松恵自身の苦悶と身の上を語ることから、松恵と鬼政二人が主人公といえる構成になっています。
侠客というものが内側からリアルに描かれています。
そのビジネス面では賭博やボディーガードはもちろん興行や労働組合との関わりまでも良く描写されており、実生活の様相や家計のやりくりなどの描写と相俟って強い実在感をもって迫ってきます。
もっともそうした世界に全く興味のない読み手はあまりに細かい人物描写や時代背景の解説に辟易する場合もあるでしょう。
私の場合、美術に興味があるので『序の舞』では興味津々で読めたその細かさが、この世界では苦痛でしかありませんでした。
しかしその細かさが物語に命を与え、花子の惨めな最期に感じ取れるものの大きさ深さがかかっているため、おろそかに読み飛ばすことは許されません。
栄枯盛衰とはいえ虚業におけるその『栄・盛』の部分も堅気から見れば虚しく、『枯・衰』のあまりの惨めさに全編哀歓の横溢した物語となっています。
ちなみに、映画で有名な啖呵を切るシーンはありません。
そのようなカタストロフィーや溜飲の下がる描写はこの原作には一切無いのです。
[2012-5-13]