森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

『青眉抄・青眉抄その後』 上村松園全随筆集

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青眉抄・青眉抄その後
上村松園全随筆集



清楚で凛として情緒豊かな絵を描く松園ですが、それを支えている精神はとてつもなく勁いと言うことは想像できます。
しかしこの随筆を読んでみて感じる強さはそれとはまた別の、何があの絵のたおやかな美しさとはかけ離れた強(コワ)さを感じるのです。

一枚一枚の絵へ込めた想い。
画家自身からこのように饒舌に語られるというのは鑑賞者にとってもたいへん刺激になります。
一本一本の線にも自ずと着目されるようになりまた画中の人物の表情もその奥に込められたものを読み取るべく、観照の迫力も違ってきます。



さらに決して絵には描かれない世の中の様々なことへの希望、苦言、愚痴。出てくる出てくる。

当時の世の中の空気感や日本画壇の雰囲気が活き活きと感じ取れ、特に鈴木松年・幸野楳嶺・竹内栖鳳らの人となりが活写されていてその作品も身近にしてくれるます。

展覧会で汚された絵をあえてそのまま掲示し続けた時にはどんな気持ちであったのか。
それは解説本に書かれているような気高いものというより、報告に来た遣いの態度が気に入らなかった事も手伝って修復を強硬に拒み犯人や展覧会事務所の人間を見返してやるという心理だったように感じ取れます。


皇后陛下のご下命を21年間も放置していた事を私は「そんなことが果たして許されたのだろうか」と大変不思議に思っていました。
しかも21年のうちに皇后陛下が皇太后となられた挙句の上納がよくも言い出せたものだと。

「あまりにも恐れ多く、たえず心痛いたしておりました。」

いやいや、そりゃそうだろう。
このあたりの事情・心境が本人の言葉で語られていて、正直無理を感じるけれど大変興味深いものでした。


南京事件からわずか5年後の中国各地を行脚したエピソードは、当時の雰囲気を政治家でも新聞記者でもない女性画家の素朴で正直な目を通して見ることができて新鮮な驚きがいっぱいです。
汪精衛とのあまりに和やかな会談の様子は、その和やかさゆえ返って当時の中国の複雑な状況を示すものとして不思議な感覚に襲われました。


画題について、画業について、画壇について、生活感・歴史観を交え頑固おばさんが率直に活き活きと述べた随筆と総括しましょう。

多数が青空文庫に掲載されているので、上村松園に興味のある方と、明治・大正の雰囲気を感じたい人にはお勧めです。


[2013-1-3]