森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

ねじまき少女 下巻

イメージ 1
ねじまき少女 下巻

翻訳:田中一江・金子浩
ハヤカワ文庫SF



『ねじまき少女』を読み終えました。

後半からストーリーが大きく展開して最後は極めてSFチックな余韻を残し大満足な読後感のはずが・・・









もったいない。

こんなにいい素材なのに。
良い世界観と緻密な設定ときちんと役割分担できたアクの強い登場人物たちがいるのに。
セリフが陳腐で文章が稚拙で論理構成が破綻していて・・

初めは翻訳のせいかと思っていたけど、どう考えても訳者がするはずのないおかしさがあります。


例えば・・・
少年が部屋に入ってくる。伝令が来た。兵士の男が呼び出す。
最後に三人でなく、少年兵が伝令としてやってきたことが話の流れから読み取れる。

はじめに「伝令の少年兵が来た」と書かないのは何故?思わせぶりにボカすのがカッコイイ文章だと思ってるのかな?


例えば・・・
拉致され連れ込まれたタワーで「男たちはエレベーターに乗り込んで行く」という表現。
置いていかれたと思いきや、自分も「男たち」と一緒に乗っていたことが後で分かる。


初出の人物や事物にイメージ付けをする前に何通りもの呼び方をするのでストーリーから注意が引き離されてしまいます。

一度しか登場しない人物に名前が与えられているので逆に覚えておくべき人物に着目できません。


終盤の市街戦の場面は文章のおかしさも大爆発します。

片膝が悪く真っすぐ歩けないと何度も言及されている老人。
急に向きを変えた戦車を「横っ飛びでかわす」・・・
そして街の様子を見るためだけに七階を歩いて登り戦火を見下ろしながら「まだ生きているのだから運が悪いわけじゃない」などと達観。
次の段落ではもう地上に降りており、「古傷のせいでゆっくりしか歩けない。自転車に乗りたい。」
古傷のせい?七階を登り降りしたのに??疲れてるからじゃないの?

そして逃げ惑う群衆に押しつぶされ脱出できず叫びを上げるが圧力が強すぎ「彼の肺から最後の空気が搾り出される」。
ああ、とうとう力尽きたのだな・・と思う。

しかし数行後に「彼は、おい○◯と呼びかける」
え??。ピンピンしてるし、普通に喋って仲間に呼びかけてる??

膝を引きずりながら逃避行を続行。

破損したガス管を発見。
爆発が起きるかもしれないが「彼には修理する余力がない」
修理??余力があったらできるの??
そこは「彼にはどうしようもない」でしょ?

そして倒れている男と自転車を発見。「膝から血が出ている」
膝から血が出ているのは倒れた男の事だ、と思う。主語がないけど語順から考えて。
紛らわしいし、着目点は自転車なのだからただ「自転車の脇で男が倒れている。息絶えているようだ。」などで充分では?


全てのページ。全ての段落にこんな「それ変だろ」「それ、わからん」が散りばめられている。
うーん。ヒドい。なんて酷い読み物んだろう。

でも最後まで読んでしまい、既に原書まで注文してしまったのはとても「惜しい」気持ちがあるからです。
「原文なら許せる範囲にとどまっているのかもしれない」という一縷の望みをかけてしまうほど、面白い設定でありサスペンスフルなストーリーなのです。


マディソン郡の橋」は訳書は途中で放棄したのに原文は素敵でした。
ジェフリー・ディーヴァーの短編「Triangle」は原書しか読んでないけど翻訳で読む気が起きない英文の妙にハマりました。
「アリス」は当然、英文では何のストレスもなく楽しく読めます。

そんな英語と日本語の本質的違いを乗り越えられなかった翻訳、と読み始めは呪いましたが今は原文自体が稚拙に書かれている可能性を大きく感じつつも、原文のパフォーマンスに賭けたい思いです。

それだけ素晴らしい素質を感じるのです。


[2012-11-11]