森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

永遠の流転と繰り返し ~ 『ファウスト』

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訳者:高橋義孝










200年かけて語り尽くされてきた『ファウスト』に関して今さら私ごときが「何をか語らんや」という気分です。
ましてやその語ろうとする問いかけも答えも全て『ファウスト』に書かれているのです。

冒頭の献詞から『平家物語』や『方丈記』のような無常感に満ちていますが、それら大河物語や教条的な随筆の序文とは異なりゲーテの個人的な心境を赤裸々に綴った詩は嫌でも共感を誘い暗澹たる気持ちにさせてくれます。
このコンパクトな序文を読んだだけで自分のしてきた問いかけとの格闘が何度も繰り返されたものだと分かって虚しくなります。しかもこのぼやきをもファウストがしているのですから、人間の営みを滑稽に思って愛するほかありません。


功成り名を遂げてなお何も知ってはいないと嘆く大学者のファウスト
悪魔と契約し若さと活力を取り戻し、甘美で凄絶な恋をするファウスト
悪魔でさえ行く事が不可能な空間も時間もない虚無の国へ一人で出かけていくファウスト
活力ある人々が充実した日々を暮らす社会を目指し都市の造営を推し進めるファウスト

ファウストが最後に望んだのは、祈ってばかりいず様々な危険と向き合いながら自由な土地でまめやかな歳月を送る人々を見、共に生きていきたいという事でした。
それはゲーテの考える、神話の世界を縦横無尽に旅するよりももっと壮大で困難な夢だったのでしょう。

全てに成功しそして流転の中に失ったファウストの動機はあらゆるものに対する愛と美への奉仕の精神だったと思います。
あくなき探究心は愛、物事を正そうとする偏屈さは美と調和への執着でしょう。

始めメフィストフェレスとの契約前に彼は死のうとしています。そして救済は後半生を壮絶に生き直した後、その死後に訪れます。
ファウストのような純粋で強靭な精神にもこの世では救済は訪れないのでしょうか。

もちろんその答えはここに書かれています。


高橋義孝さんの翻訳は大変親しみやすく、普通の小説が読める人には何ら困難の無いものです。
しかも格調高く流麗で美しい散文詩になってます。
無理な置き換えや読み替えも少なく違和感ありません。

ゲーテが森羅万象に渡る知識と洞察を叡智と周到な言葉の選択で美しく構築したこの壮麗な世界を日本語で読めるのは、大変喜ばしいことです。

[2012-10-14]