森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

序の舞 宮尾登美子

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序の舞

中央公論社:中公文庫





美人画の不朽の名作《序の舞》の作者上村松園に題材をとった、明治から昭和にかけて生きた女流画家の生涯を小説にしたものです。

あくまで「題材に」ということで一人称で話す人物は全て名前を変えてあり、正式な伝記ではありません。

しかし作品やエピソードと年次、伝聞で引用される人名、社会的な出来事などは現実のもので、ついつい本物の伝記と錯覚して読んでしまいます。

褥のやりとりや、死の間際に目にしたものとその時の心情などがハッキリと書かれているのはこれが「創作」である何よりの印でしょう。

「~であったろうか・・」という表現が多用されていて、事実を創作の衣でくるみ、作者の解釈と想いで彩色したということが伺われます。

宮尾登美子は主人公に対してかなりの共感を持って取り組んだようで、さっぱりした文体ながらも自分語りのような力強い流れと高揚感に満ちたリズムが感じられ、700ページ余の長編が短く感じられるほどです。
例えば出だしの一文は六行に亘っているのですが、それがた易く頭に入って来て淀むことがありません。

松園の随筆 《青眉抄》 読むと
「死ぬる程の苦しみを幾度もいくども突き抜けてきた」
とあります。
あの、清澄で、目指すところの 『真・善・美』 を資質として始めから備えていたかのように感じられる作品群を見ていてその言葉がどうしても素直に入って来ない思いでいたのですが、これを読むと「なるほど」と辻褄が合うように感じられます。

明治の世に何の後ろ盾もない女流が一家を成し文化勲章を授与するまでには、余程の執念と辛苦があったのだろう。それは頭では容易に理解できることですが、このようにありありと見て取れるように語られると、絵の見方も変わってくるものです。

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今回は画集や随筆を見ながらじっくりと読んだのですが、特に日本経済新聞社
日経ポケットギャラリー 『上村松園
は年代順に掲載した作品に松園自身のコメントが付されているという画期的な小冊子で、小説と作品と画家自身の言葉が呼応しあって感慨も大きく膨らみ、『あくまで創作』という事を決して忘れてはならないと戒めつつ豊かな体験をすることができました。


中には「松園を貶めている」と苦言を呈す人もいるようです。
彼女の恋について「骨がらみの、外すに外されぬ、抜くに抜けぬ間柄になってしまった」といったような、巧みではあるがギョッとするような叙述をしているせいでしょうか。

私にはそれも人の情として、抵抗なく受け入れることが出来るし、《序の舞》以後の境地がいっそう深く理解できるように感じられます。



[2012-4-15]