森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

プリズンホテル 1 夏 (浅田次郎)

イメージ 1プリズンホテル 1 夏
浅田次郎
集英社文庫


いきなり義母をぶん殴ろうとする所から話が始まり、つかみは万全です。

《プリズンホテル》とはもちろん《プリンスホテル》をもじったのでしょうが、本物とは似ても似付かぬ任侠団体が運営するワケアリ客専用のホテルです。

ある小説家が任侠団体の親分でホテルのオーナーである叔父から招待されるのが話の端緒になっています。
この小説家は唯一『ぼく』という一人称を与えられ主観視点で語るので、一応主人公ということになります。
主人公と言っても客観的傍観者にはなりえない歪んだ人間で、自らが狂態を演じますし全く登場しないエピソードもあります。

投宿者はすべて奇矯なワケアリの人間で、さらにありえないような縁で結ばれています。
群像劇でもここまで絡まり合った関係の中で凝った人物像を描いてくれると、ページを捲らずにはいられなくなってしまいます。

たくさんの章で構成されていますが、1話完結ではありません。リズム的なまとまりを成しているだけです。
1巻の最後に一応の結末がつく形となっています。
ですから登場人物の多い長編漫画のように、続きが気になってやめられなくなるのです。

この話を端的に表すセリフがあって
「オヤジがあのとおり、来る者こばまずのボーダーレス人間でござんしょう。ワケアリばっかりが自然と集まることになっているんで」

いくらボーダーレスでワケアリと言っても、《アレ》が来てしまうとは・・・しかもみんなの前にあからさまに現れて歩きまわるという・・・
荒唐無稽も極まっているのですが、流暢で気の利いた文体と、知性と教養のにじみ出た描写力で、バカバカしい戯画が品のいい文学にまで昇華しているのです。

心地よいリズム感のある文体が笑いあり涙あり風刺ありのコメディを格調高く歌い上げています。

村上春樹のように世界中に紹介されるようなものではないかも知れませんが、日本人を精神的ふるさとに連れて帰ってくれるような心地よさを持っています。
浅田次郎という作家は期待を裏切りません。本当にうまいと思います。


[2010-2-12]