森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

花火は儚いのか?

(つづき)
龍之介の《舞踏会》が気になるのは、読み方がわからないからです。
鹿鳴館を舞台に一人の女性の人生と花火を重ねて傍観するこの作品はごく短い短編なのだけど、私にはこの作品が明子と言う上品だけど取り立てて教養や才能のないお嬢様の人生を哀れみ蔑んでいるようにしか読み取れず、龍之介の人生観照がその程度なのだろうか?と釈然としないままなのです。
大ボケかブランド信仰の一種か、どちらかですね。

ともあれ、現代の花火は人間の生と重ねるにはあまりに派手です。

写真の16分の1程のごく小さい部分です。
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これも。
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サチュレーションをもう一つ
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終盤、大玉が増えてきて
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乱れ打ちが多くなってきて
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もう、何が何だか・・
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うわあい!
会場ではみんなで「ひゃー」とか「ぎゃあ」とか騒いでる(盛り上がってる)んだろうなあ。
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こんなに燃え上がれたら、儚い人生でも良いか、とも思う。



[2009-8-1]