森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

CD評 アリス=紗良・オット リスト・超絶技巧練習曲

アリス=紗良・オット

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このピアニストを初めて知ったのは、2007年10月10日放送の「TANTOクラシック」というテレビ番組のコンチェルト特集ででした。それまでは世評にも聞いた事がありませんでした。
その時は、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番の第一楽章だけが、中間部を一部カットして放映されました。
もうチャイコンは名百回も聴いてきて、滅多にときめいたりしくなっているのですが、彼女がやたらと可愛いのでビジュアル目当てで見ていると、呼吸を合わせたり腹筋を硬くしたりして聴きこんでいる自分に気がついたのです。
ホロヴィッツアルゲリッチのような暴走族でもリヒテルのような暴君でもないのに、今の私にはこれら大家よりも惹きつけられる演奏だったのです。
音色は外声部がきらびやかで、万全にコントロールされたというより、美しいライトを放射するような感じで、そしてきらきらした弱奏とクリアで豪快でちょっと粗野な強奏が入れ替わり立ち代り現れるので、決して音楽が弛緩しないのでした。

その後、NHKでベートーベンやシューマンやリストを聴くことができました。
最初のチャイコンの印象が裏付けられた上さらに、ドイツ系のベートーベン弾きだとわかって興味がいっそう高まりました。
メディア的にはドイツ系正統派で売りたい様子が見て取れるのですが、私にはそういう色分けがちょっとわかりません。
私にとってベートーベンのソナタのど真ん中といと、ゲルハルト・オピッツのような演奏を思い浮かべるのですが、彼女のワルトシュタインと熱情はチャイコンと全く同印象で、きらびやかで立体的で豪快かつちょっと粗野。円熟や完成には本人の気持ちが向かっていない様子が逆に(いや、本当は向かっているのかもしれませんが)今の彼女のイマジネーションが混じりけなしに放射されてきて、そのイマジネーションが爽やかな若さと意欲に満ちているのでとても魅力的に聴こえます。ワインで言うと華やかなライトボディーの上等品で熟成まで後一歩、デキャンタージュ前という感じでしょうか。

そしてこのリスト
「超絶技巧練習曲」といえば、高校生時代には友人と「1小節におたまじゃくしが何十匹いるか」を数えてバカみたいにはしゃいでいた曲です。
私自身は若いころは、「重厚長大・深遠深刻が芸術の本懐」みたいな意識があって、リストを一段低く評価していたものです。ヴィルトゥオジティーはスポーツの一種であって、快感を否定しはしないけれど、音楽芸術とは別の次元の娯楽だ、と。

とはいえ、多くの人がリストには「霊感の発揚がある」というようなことを言うわけで、気になる演奏家がやったとき、「いちおう試しに聴いてみる」というスタンスでい続けたのです。ここ数年で言えば小菅優さんが好きなので聴いてみましたがやはりリストについては、ああすごいな、というだけで終わっていました。
そんな中でも時々聴いていたのはホルヘ・ボレットの演奏です。これはもう、完全に円熟した大人の演奏であって、タッチや音色が完全にコントロールされた、返って譜面のすごさを感じさせないような演奏ですが、聴いていて喚起するイメージが「グランドピアノの姿」なのです。

ところが今回このアリス=紗良・オットの演奏を聴いて、私の経験の中では初めてリストの音符たちがピアノから放たれて、イマジネーションの空間で感性のタペストリーを織るところが感じられたのです。演奏の基本は、チャイコンやベートーベンで書いたのと同様のものですが、彼女自身がリストによりシンパシーを感じているように思えます。このリストで彼女は突き進んだり立ち止まったり後ろを向いたり、いろいろな角度で音符たちの反射し合う様を楽しんでいるかのようです。デキャンタージュは済んでいるようです。
このCDは本当に好きで繰り返し聴く一枚になりました。リストにはバカバカしいビルトゥオジティーではない、本物の霊感の発揚がやはりありました。もしかしたらこれをきっかけに、今まで通り過ぎてきた他の演奏もわかるようになってくると良いと思います。

記事の中で指摘したように、今のところ彼女の演奏は決して万全ではありません。たまたま今の私の鑑賞レベルや心理に合致したに過ぎないかもしれません。しかし、もしリストの音楽に何らかのフラストレーションを感じる人がいたら迷わず薦めるつもりです。
そして、従来からリストを愛し聴きこんでいる人の評価も聞いてみたいですね。

このアリス=紗良・オットの「超絶技巧練習曲」は私のリスト感動初体験になりました。チャイコフスキーやベートーベンも含め、彼女を今後もずっと見て行きたい。そう思っています。

追.
日テレのHPによると、チャイコフスキーの妹の別荘にチャイコフスキー愛用のピアノがあって、17歳のときにそれで第三楽章を弾いたそうです。その直後日本公演中にそこの館長さんがモチーフであるウクライナ民謡を自筆譜で歌詞付きで送ってきてくださったそうです。以来第三楽章を歌詞付きで歌っているそうで、そうした彼女のチャイコンを通して聴ける日を心待ちにしています。
このことは、日本テレビのHPで「TANTOクラシック」で検索すると閲覧できます。