森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

都響定期 「青ひげ公の城」

イメージ 1都響第736回定期演奏会

 ヴァイオリン協奏曲第2番
 歌劇「青ひげ公の城」演奏会形式・原語上演

指揮:エリアフ・インバル
ヴァイオリン:庄司紗矢香
メゾソプラノ:イルディコ・コムロシ
バリトンマルクス・アイヒェ





11月から体調が非常に悪い上に忙しく、前回の定期は28日のサントリーホールがミーティングとぶつかり19日に振り替えるも(都響定期会員は同月の別公演に変更できる)、その19日は大急ぎで会社に戻ってから上野に向かおうとした所で力尽きて断念。
スークの「アスラエル」を楽しみにしていたのですが。

次は後輩が主演する下北の演劇。
これも最後まで機をうかがったけどゴメンしました。

さらに12月1日のシルヴィ・ギエム
こちらはシルヴィ・ギエムとインド舞踊のアクラム・カーンがコラボした「聖なる怪物たち」という公演で、二人の掛け合いが最も熟成すると想像して千秋楽の公演を選びS席を奮発したのですが、当日は起き上がることができず断念。
私はインド物が大好きだし、シルヴィ・ギエムを見るチャンスはきっともうそう多くはないと思われるし、本当に本当に残念で、3週間経った今でもブログなどの評判も見たくない心境です。

なんとか回復してきたのでようやく今回の都響定期は行くことができました。


プログラムはバルトーク
私にとっては「すごい」とは感じるけど自分とは文化の基盤が違うという意識を拭うことのできないでいる作曲家です。

庄司紗矢香さんも、世間で大変高い評価を受けているのにどうにも馴染めない演奏家の一人。なのでヴァイオリン協奏曲の感想は割愛。

「青ひげ公の城」です。
3人の妻を殺害し4人目であるユディットを連れて城に戻る青ひげ。
ユディットと青ひげの二人だけで演じられる一幕物のオペラです。
ユディットの好奇心から青ひげの城にある7つの部屋を次々と開けていき、前妻たちの運命を知り自分の運命に身を委ねる、という奇怪な話。

ちょうどシューベルト「魔王」のような語り部が朗唱するような会話のやりとりで、詩とも現実ともつかないような夢幻の空間に引きこまれます。
魔王の「おとうさん」「ぼうや」と同じように「あなた」「ユディット」で始まる会話が繰り返され、殺害現場である城の異様な空気感がズンズンと胸の中に入ってきます。

音楽は記憶に残るような旋律や和声は感じられず、暗くて冷たい音色を巧みに統制して混沌に消えていくような闇の奥行きを表現しています。

壁に血のついた拷問部屋、血が付いたままの武器を収蔵する武器庫、血のついた宝物を所蔵する宝石部屋、血のついた花と土のある庭園。
それらを危機的な音を使わず、憧れと恐怖がないまぜになるという常人が生涯経験することのない感覚を不思議な会話と音で再現しています。

インバルの明晰な指揮はこの混沌の統制を見事にこなし、都響も目指すものを明確に捉えた確固たる演奏ぶりで、この音楽を漠然茫洋にはしませんでした。
オルガンとバンダが加わった部分は身震いするほど壮麗で管弦楽の醍醐味も十分に堪能できましたが、決して爽快ではなくこの物語に広がりと奥行きを与える役割を忘れてはいませんでした。

ユディット役のイルディコ・コムロシは、戸惑いながらも従順さと要求の両方を示す難しいこの役を申し分なく演じました。
エキセントリックになりがちな声質だと思うのですが、巧みにコントロールし役にアダプテーションしていたようです。

青ひげはヒルなようだが決して高圧的ではなくユディットのいいなりで扉を開けていくが結局全てを自分のものにする殺人鬼、という難しい役ですが、マルクス・アイヒェの深くて明るい美声はこの奥に秘めた二面性をバランスさせるのにちょうどいい声だと感じました。

ユディット役も青ひげ役も、少しやりすぎればぶち壊しにしてしまうし、ただフワフワしていても戦慄は伝わらず、声楽的というより表現的に難しい役です。
この二人の歌手は本当に素晴らしかったと思います。

今日のキャストで映像作品を残してもらいたい、そう思える演奏でした。


[2013-12-20]