森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

300歳の達観 歌劇 『マクロプロス事件』

ヤナーチェク 歌劇 『マクロプロス事件』

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演 出:クリストフ・マルターラー
指 揮:エサ=ペッカ・サロネン
合 唱:ウィーン国立歌劇場合唱団
出 演:
 エミリア・マルティ=アンゲラ・デノケ
 アルベルト・グレゴール=レイモンド・ヴェリ
 コレナティ博士=ヨッヘン・シュメッケンベッヒャー
 ヴィーテク=ピーター・ホア
 クリスタ=ユルギタ・アダモニテー
 プルス男爵=ヨハン・ロイター
 ヤネク=アレシュ・ブリスツェイン



とにかく序曲から音楽が素晴らしい。

ウィーンフィルも本気モードで体を揺らしてヤナーチェクの血肉に迫ろうとしているようです。
こんな熱心なウィーンフィルも珍しい。

サロネンは私の大好きな指揮者です。
彼のシベリウスはもちろんベートヴェンだってブルックナーだって、大好きだ。

ここでの彼のヤナーチェクはオルフのような身体の奥底がが沸き立つような原初的なリズムと、優雅で力強いメロディーの重層をじつに官能的に訴えてきます。

この感興を何度も聴いて丸暗記して、歩きながら思い出して興奮したい。
ヤナーチェクってこんなに魅力的だったのか・・・
本当に素晴らしい。


そしてアンゲラ・デノケ。
完璧です。

完璧というのは、輪郭くっきりハッキリで丁寧というのではなく、安定性・柔軟性・即興性・人物描写、全てやりすぎず、物足りないことは全くなく、時に流れ去る舞台芸と記録性のある芸術の両面でここがど真ん中という芸を披露してくれました。

レオノーレをやすやすと歌ってしまうデノケの、歌唱だけではない人物表現の妙も魅せつける舞台でした。


演出は無言劇を挿入したり、舞台に変化がなかったりと、一クセあるものでした。

特に冒頭の無言劇は世知辛くチマチマと演じられ違和感たっぷりでした。
流麗かつ野趣あふれる序曲が始まっても小芝居が続くのですが演出のマルターラーには申し訳ないけどここはこの血沸き肉踊る序曲をスポイルされないように目をつぶっているのが得策と感じました。

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「人生なんてた易いものだと知ってほしい。全てはあなた達のそばにあり全てに意味がある。」
「あなた達はとても幸せ。すぐ死ぬというつまらない偶然のせいでね。」
「あなた達は人を信じてる。その偉大さと愛を。それ以上何を望むというの?」
「善にも飽きた、悪にも飽きた。大地にも飽きた、空にも飽きた。命の尽きる時なんだわ。」

300歳になるというエミリアが終盤で見せる達観は300歳故に永遠の説得力を感じさせるのでしょう。
不死の処方箋を取り戻したエミリアがしかし死を選ぶこのシーンはその和声も相まってマーラー大地の歌リヒャルト・シュトラウスの夕映えに匹敵する、現世への訣別と愛惜の感動を誘います。

少々説明過多な演出は差し置いても、心熱くなる素晴らしい公演でした。


デノケの他にはピーター・ホアが性格描写の巧みな愛らしいテノールで親しみが持てました。
出だしは彼のモノローグなので成功だったと思います。


[2012-7-2]