イリーナ・メジューエワ ピアノ・リサイタル 紫陽花コンサート2012
イリーナ・メジューエワ ピアノ・リサイタル
外出支援・紫陽花コンサート2012
J・S・バッハ:
舞踏への勧誘
ショパン=リスト:
春
わが喜び
ショパン:
アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ op.22
グリーグ:叙情小品集より
アリエッタ op.12-1
子守唄op.38-1
蝶々 op.43-1
夜想曲 op.54-4
春に寄す op.43-6
ドビュッシー:喜びの島
アンコール
ドビュッシー:月の光
ショパン: 練習曲 op.10-5 『黒鍵』
2012年6月3日
杜のホールはしもと 大ホール
去年に引き続き行われた橋本の紫陽花コンサート。
去年はホールも演奏も非常に素晴らしいコンサートでしたので今年も期待に胸を膨らませて行きました。
果たして今年も期待に違わない、いや期待を大きく上回るコンサートでした。
出だしは『フランス組曲』。
固唾を飲んで演奏を待ち受ける聴衆の緊張の中、始めの一音で春の柔らかい風が会場を満たしたような、気温も湿気も心地良い草原に変わってしまったような、そんな錯覚を覚える軽やかで柔らかく優しい演奏が始まったのです。
あくまでも人間的・地上的な幸福を現出したバッハで、これまでに私が求め追求してきた宇宙の秩序と神の心を示すようなバッハとは違います。
バッハの音楽がこんなにも現世的な幸福感を持っている事は意外でもあり新たな喜びの発見でもありました。
全てが柔らかく優しく喜びに満ちていました。
それらバロック舞曲の要素を失って余りある魅力を示してくれたのです。
これが正しいか、おかしいかなどと論じる事にどんな意味があるでしょう。
『舞踏への勧誘』は特に個性を主張するものではありませんが、華やかな舞踏会の雰囲気よりも舞い上がった心を表現したようです。
心配した通り後方の一団は例の場所で盛大に拍手をしてしまいました。
まあいいか。
こんな素晴らしい演奏でクラシック初体験できて、よかったね(^o^)
リスト編曲によるショパンの歌曲も同じ流れで、曲趣にも合っているし一点の曇もない喜びを堪能できました。
アンダンテ・スピアナート~も出だしこそその延長の雰囲気でしたが、後半は胸のすくような快演でした。
休憩を挟んで、本日の私のお目当てであるグリーグが始まりました。
抒情小曲集はどの一つをとっても愛に満ちた美しい曲たちです。
特に始めの『アリエッタ』は単純で短い曲ですがついつい涙ぐんでしまいます。
それをメジューエワは「彼女ならこんなふうに弾いてくれるだろう」という想いのとおりに弾いてくれました。
小さく可愛く、透明で爽やか。
憧憬は限りない空間へ広がっていく。
音色もタッチも本当に美しい演奏でした。
暖色のドビュッシーは、ミケランジェリのものとは全く違い、強いて言えばパスカル・ロジェのようにも感じられますが、純度は大変高く、タッチもペダリングも極めて綿密に計画されて素晴らしい色合いを現出しています。
揺らめく光と移ろいゆく色合い。
私は音楽を聴いているのか美術を見ているのか、少なくとも心の中の作用としては区別がつかなくなりました。
そしてメジューエワのタッチは、静かな曲でのffや、賑やかな部分でスッと力を吸い取るようなpp。
そのコントラストも見事に進歩していて、純音楽的な表現に加えピアニズムも着実に進化しており、いよいよロシア的巨匠の風格も身に着けつつあるように思えました。
アンコールの『月の光』は、私の生涯で聴いた最も美しいピアノのトーンだったと断言できます。
今回は調律もかなり念入りに行われていて、最初から充実した響きを聴くことができました。
ホールの音響も素晴らしく、そうした環境が整った時のピアニストがどれほど凄まじく研ぎ澄まされたトーンを現出するか、まざまざと見ることができました。
ただ休憩時間にも念入りにチューニングをしていたにも関わらず、アンコールの時点では三つぐらいかなりウナリを発する鍵盤があったことも確かです。
それを感じさせるほど純度の高い演奏であったということでもありますが。
ともかく不意の拍手や終盤の調律のズレなど全く問題にならないほど素晴らしい演奏たちであったことは間違いありません。
この至福の時間に、傷を付けられるものなど無いでしょう。
[2012-6-3]