森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

コヴェントガーデンの『トスカ』

コヴェントガーデンのトスカ

出 演:
 カヴァラドッシ=ヨナス・カウフマン
 スカルピア=ブリン・ターフェル

2011年7月14日、17日 ロイヤル・オペラ・ハウス(コヴェント・ガーデン)


ゲオルギューとカウフマンが並ぶとなんだか血気盛んな若者と人妻の不倫みたいに見えてしまうのだけど、実はそんなに歳が離れているわけではないのですね。

しかし歳を別にすればヴィジュアル的には理想的な二人です。

カウフマンは理想のために闘う画家であり政治犯のカヴァラドッシにピッタリで、情熱的だけど融通の利かない猪突猛進型の青年を好演しています。

ゲオルギューは押しの強い女優にしては少し線が細い感じがします。歌も。
病気がちなヴィオレッタと違いこちらは警視総監を殺害するほどの強い女。もう少し肉食系な方が理想だけど、ヤキモチを妬くところはとても可愛らしく「情が深すぎて面倒くさい女」という印象は軽減されています。

スカルピアはMETのヴォータンを見たばかりのブリン・ターフェル
こちらが直ぐにはアダプテーションできませんでしたが、少し愛嬌のある顔と体つきはやはりスカルピアの異様に歪んだ人格には遠く、歌唱と演技も「普通に悪いヤツ」にとどまっていたように思います。

それら「いま一つ」ないくつかの要素にもかかわらず、物凄いスタンディングオベーションに私も気持ちを同じにしています。

パッパーノの指揮による、深く呼吸するような劇的かつ分かりやすいテンポのオーケストラと、引き込まれるような陰影に飛んだ舞台美術とライティングに奇をてらわない演出で、演劇的にも美術的にも求心力たっぷりの舞台。それに細かい好き嫌いを指摘する余地があるにも関わらず実のところ全く申し分ない歌唱力でオペラ的パフォーマンスを披露してくれる役者陣に、ひょっとすると総合的な魅力では今まで沢山観たトスカの中でもかなり高く評価できる舞台だったと、満足しています。

また、このロイヤル・オペラ・ハウスでは人間の声の微妙な陰影やささやき声を活き活きと伝えることが出来、METライブビューイングばかり観ていた耳にはとても繊細で深く心地よく、心理表現を感じ取れることにも感銘を受けました。

私はニューヨークの聴衆より、コヴェント・ガーデンの聴衆の方に羨ましさを感じます。


[2012-4-30]