森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

ミラノ・スカラ座の《ワルキューレ》


演 出:ギー・カシアス
出 演:
 ヴォータン=ヴィタリー・コワリョフ
 ブリュンヒルデ=ニナ・シュテンメ
 フリッカ=エカテリーナ・グバノヴァ
 ジークムント=サイモン・オニール
 ジークリンデ=ワルトラウト・マイア
 フンディング=ジョン・トムリンソン

2010年12月7日 ミラノ・スカラ座
NHKの放送を録画視聴)

ラインの黄金》から半年後の公演です。
同じプロダクションでキャストが一人も継続していないというのも珍しいですね。

演出は純化していてダンサーや人影の投影はなく見やすく、より美しくなっています。

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この上演で何より素晴らしかったのはブリュンヒルデ役のニナ・シュテンメ。
柔らかいのに強い声で音程もトーンも安定していて、音楽的にも聴きやすく感情移入しやすいブリュンヒルデです。

無理にワルキューレとしての勇猛さを演じていないのが良く、他者同士の愛にほだされ、父への愛に涙する女性らしいブリュンヒルデを美しく演じています。






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女声ではワルトラウト・マイアがシュテンメよりも細い声で、弱者であるジークリンデをそれらしく演じていると感じたのですが、二人が同時に登場するとワルトラウト・マイアの方が強い声であることに驚かされます。

しかしフンディングとの対決前、ジークリンデの錯乱ぶりがあまりに強烈でやや引いて見てしまいました。


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フリッカ役エカテリーナ・グバノヴァも大変素晴らしいキャスティングでした。
気品があり気高く女性的。
容姿と声でヴォータンを威圧するに十分な力を感じさせます。










彼女たちに対してヴォータンが登場すると急に場の音量が下がったように感じられ、ヴィタリー・コワリョフはちょっと分が悪い印象です。

ただ演技も歌唱も悪くはなく、ぐだぐだヴォータンの大挫折劇に切迫感を与えることには成功していました。

ルネ・パーペだったらどうだったか、見てみたい気がします。
妻にコテンパンにヘコまされるルネ・パーペというのが想像つかないのですが・・・

ジークムント役のサイモン・オニールはオペラ歌手に容姿も求める私にはやはり大きすぎで、歌唱力は高いけど声の質が甲高いのが、勇者ではあるけど落ち武者のまま破れ果てるジークムントに合っていないような気がします。

フンディング役はジョン・トムリンソン。
ジョン・トムリンソンと言えばバレンボイムバイロイトでやったヴォータンを思い出します。
ぐだぐだヴォータンをマッタリと演じて私はあまり感心しなかったのですが、フンディングでもやはりドンヨリとしていました。
フンディングはもっと獰猛に演ってほしいですね。


バレンボイムの音楽づくりは強弱を非常に強く表現しながらも全体的に弱音に聴こえるよう注意を払ったスタイルで、劇的で重苦しい雰囲気を出しています。
私にはちょっと苦しいほど鬱々と感じられてしまうほどです。
それだけに最後の岩山のシーンは美しく感動的に響きます。

演出も前作以上に美しくなっており、心奪われます。
ギー・カシアスはベルギー人ですが、仮にこの人がバイロイトやメトでやったとしたら、やはりこういう色になるのでしょうか?
そうとは思えないような、見慣れない色の豊穣さ美麗さを見ることができるのです。

この美しい演出とバレンボイムとシュテンメの力で、涙を流せる《ワルキューレ》になっていたと思うのです。

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ただ一言、どうしても言いたいのはラストシーン。

幕引きのカメラがオケピットの俯瞰になってしまい、炎の岩山の美しいシーンは全景が見られず終い。
遠くに幕が引かれ始めるとバレンボイムの指揮姿に切り替わって終わります。

これはあんまりです。


[2012-4-4]