《ワルキューレ》 MET新演出
《ワルキューレ》 MET新演出
指 揮:ジェイムズ・レヴァイン
演 出:ロベール・ルパージュ
出 演:
ヴォータン=ブリン・ターフェル
ブリュンヒルデ=デボラ・ヴォイト
フリッカ=ステファニー・ブライズ
2011年5月14日 メトロポリタン歌劇場
(WOWOWの放送を録画視聴)
《ラインの黄金》と同じ、45トンの巨大マシーンを駆使した見応えのある演出です。
このマシーンが舞台の変化という以上に美しさに貢献しているのが非常に印象的です。
鬱蒼としたフンディンクの森を『マシーン』でで表現しています。
24本のプランクが位置を変えて森に変貌する様は圧巻です。
しかし何よりも印象的だったのはこの演出のヴォータンです。
このヴォータンは大変感情の起伏が激しく威圧的と言うより攻撃的です。
一人の指導者が自らが招いた閉塞状況の中で様々な愛を失っていく苦悩を生々しく演じています。
知恵の女神エルダが予言した神々の黄昏を回避するために行動し、逆に全てを失うヴォータン。
それが、衰え、間違った選択ばかりをする愚かな神ではなく、自分の役割も妻の立場も蔑ろにできない自縄自縛の指導者であることが伝わってきます。
そう、これはヴォータンの愛と挫折の物語なのです。
神であることを隠し「ヴェルゼ」と名乗りジークムントと野山を自由に駆け巡った事が生涯最大の喜びだったと語るヴォータン。
しかし妻フリッカの諫言により、自らジークムントに敗北をもたらすヴォータン。
その悲嘆が痛々しく表現されています。
歌手陣は勿論ヴォータン役のブリン・ターフェルが明るい声質と、迫真の演技でこうしたヴォータン像を完璧に演じていました。
最後の別れを惜しむヴォータンとブリュンヒルデ。
こんなに愛情に溢れたヴォータンの笑顔が見られるとは・・・
ヨナス・カウフマンはちょっとイタリア風の歌い方が気になりました。
どの歌手も所謂『ワーグナー歌手』らしくはなく、演出と音楽に奉仕する柔軟な歌唱・演技を心がけていてパフォーマンス合戦のようなものが全く感じられませんでした。
そのためややメロドラマなワーグナーに感じられるかもしれませんが、それが感動を増す要因になっていたと思います。
非の打ち所のないワルキューレでした。
ブリュンヒルデを炎の岩山に閉じ込め打ちひしがれるヴォータン。
ブリン・ターフェルが「自分は舞台を去ったほうがいいのか?残ったほうがいいのか?」と演出のルパージュに尋ねたところ、「居たいだけ舞台にとどまってくれ」と言われたそうです。
これによって通常は「ブリュンヒルデの運命は?」と思うエンディングに「ヴォータンの挫折=神々の挫折」という大きなテーマが重なってくることになりました。
《ラインの黄金》でも言ったことですが、リングを始めたい人にはまずこれを薦めます。
[2012-3-5]