森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

ラトルの《フィデリオ》 幸せな『音楽』


演 出:ニコラウス・レーンホフ
出 演:
 レオノーレ=アンゲラ・デノケ
 フロレスタン=ジョン・ヴィラーズ
 ドン・ピッツァロ=アラン・ヘルド
 ロッコ=ラースロ・ポルガール
 マルツェリーネ=ユリアーネ・バンゼ
 ヤキーノ=ライナー・トロスト
 ドン・フェルナンド=トーマス・クヴァストホフ

2003年4月 ザルツブルク祝祭大劇場

NHKの放送を録画視聴。

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出だしからコントロールの行き届いた入念な表情付けのオーケストラ演奏。
ああ、いつものベートーヴェンだ、とわが家に帰ってきたような居心地の良い響きです。

それにしてもラトルのこのベートーヴェンはとても柔らかく朗らか。
クライバーから色気を無くして無邪気な喜びを加えたような表情です。
オペラの間ずっと、ずっと。

歌手陣もドイツオーストリア物に相応しい端正な歌唱ぶり。

演技は控えめであまり動きません。
構図と光が美しいけど非常に簡素、というより殺風景な舞台。衣装も大変簡素なものです。
しかし序曲から音楽的に引き付けられているので演出面を評価のまな板に載せる気持ちがあまり起こりません。

この作品をシンプルな現代演出にしてしまうとコミカルさとシリアスさの配分が難しそうです。
でもここでは舞台装置も歌手陣も演劇性よりも音楽的喜びに貢献していてくれれば良い、という思いになります。

だから申し訳ないけど一人ひとりに言及はしません。

ただ、アンゲラ・デノケは飛び抜けて音程も安定度も素晴らしかったと言っておきましょう。

だから彼女が参加する多重唱はアカペラ合唱のように美しい。
イタリアオペラでは滅多に味わえない、ソロ歌手の声が融け合う美しさです。

ベートーヴェンは本当に天才だと思うけど、こうして聴いているとふとグルックヘンデルの音が聴こえて来る時があるし、まるでモーツァルトと感じるオーケストレーションやリズムもあり、音楽的教養が幅広い事がよく分かります。

そして交響曲で響くベートーヴェンらしさが全体を統一していて、技巧も感性もすべてが素晴らしい作曲家なのだと、改めて実感するのです。

舞台芸能としてはかなり物足りないのだけど、音楽にかなり没頭してからオペラに入った身としては全く問題がなく、満足度の高い公演でした。


[2012-1-9]