森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

CD ネマニャ・ラドゥロヴィチ 《悪魔のトリル》

極上のベルベットやスエードのような音
イメージ 1

レ・トリーユ・ドゥ・ディアブル 
《悪魔のトリル》

          (1843年J.B.Vuillaume)
アンサンブル:レ・トリーユ・ドゥ・ディアブル

Label:Art Act
Made in France by MPO





クライスラー:プニャーニの様式による前奏曲アレグロ
ヴィエニャフスキ:レジェンドop.17
ヴィターリ :シャコンヌ ト短調
シューベルト:ロンド イ短調 D438
チャイコフスキー:なつかしい土地の思い出op.42より
        メロディ
        スケルツォ
        瞑想曲
タルティーニ:悪魔のトリルop.1-4
サラサーテ :アンダルシアのロマンスop.22
クライスラー:愛の悲しみ
クライスラー:美しきロスマリン



ライブ録音です。

グループ名の《レ・トリーユ・ドゥ・ディアブル》は Devil's Trills (悪魔のトリル)という意味ですね。
大それた名前です。

ラドゥロヴィチのヴァイオリンはどこまでも優雅でしなやかな音色です。

どんな難曲でも破綻がなく、美しく均一に鳴り響き続けます。
そして、細かいパッセージはさらに細かく、速いパッセージはさらに速く聴かせますが決してアクロバチックに聞こえません。
とても人間的なぬくもりを感じる音と音楽性です。

音楽の造形が大ぶりに感じますが、ベルベットやスエードのドレスは造形がどうあれ、どこも美しく官能的な肌触りなものです。彼のヴァイオリンはそのように、どこを抜き出しても美しく官能的です。

深刻に没入して聴くようなものではなく、窓から差し込んで部屋を満たす夕映えのような音楽です。


第一曲《前奏曲アレグロの出だしは分厚い和音とハッキリしたリズムを力強く優雅に開始し引き込みます。アンサンブルはビブラートもピッタリで美しい響きです。
アレグロも自在な弓さばきでエネルギッシュな演奏ですがばたつくことがありません。

《レジェンド》は憂いはそこそこに、ふくよかな表現です。


《ヴィターリのシャコンヌはこの強く沈み込むような曲にタップリとした優美さと、地味な強さの代わりに力強いロマンを与えたような演奏です。
ちょっと厚化粧という気もしないではありません。

シューベルト《ロンド》はこのディスクでは最も自然な演奏ではないでしょうか。
やはりシューベルトとしては優美すぎるキライはありますが、シューベルトがストイックな必要がどこにあるのか分からなくなるような説得力があります。
後付の優美さではなく元々曲が持っていた資質のように感じられます。

チャイコフスキーは、3曲それぞれ非常に個性があるのですが、殊更それを強調して活き活きと描いて見せます。
瞑想曲など、もう少しスローテンポでションボリとした表情が聴けても良いかとも思いますが、ロシアのノスタルディヤよりもイタリアのノスタルジコといった趣。

《悪魔のトリル》はさすがにグループ名にもアルバム名にもなっているだけあって、これまでの「音楽を楽しもう」的な姿勢とはうって変わって気迫の漲る演奏を繰り広げています。
ロングトーンはもちろん美しく、スタッカートとトリルはもの凄いアクセントを付け、美しさと力強さとメリハリが舞台で踊っているような演奏です。


これ以下のショーピースもすこぶる美演です。

《愛の悲しみ》は曲名のごとく、しかもかなりシンドいほどの憂いを感じさせる名曲ですが、彼らはあまり悲しいことがお好きでは無いようで・・・


始めに書いたように、あまり音楽のニュアンスを掘り下げて神妙に表現するという事が無いのですが、だからと言ってこの美しく愛すべき資質が貴重でないなどとは言えません。

極上のベルベットやスエードを優美に、あるいはスタイリッシュに仕立てた極上の衣装です。


[2011-2-17]