森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

CD レオンスカヤのシューベルト 《幻想ソナタ》

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ピアノ・ソナタ 第18番 ト長調 作品78 D894 《幻想》
ピアノ:エリーザベト・レオンスカヤ
録音:1984年7月・8月 バウムガルデン・カジノ・スタジオ(ウィーン)
発売元:株式会社ヴァーンメディア
販売者:ポリドール株式会社









出だしの一音、旋律が立っていなく、単なる和音になっていて、その音は長く鳴る音なので印象を地味にしています。
演奏が始まって10秒ぐらい経ってからでないと、どの音に耳を傾ければいいのかわからない印象です。

さらにこの人は美音を誇る演奏家ではありません。
むしろ、ピアノの調律が悪いのか、いくつかの音だけピアノ線が暴れるような不快な振動を鳴らします。

とても印象が悪い聴き始めなのですが、レオンスカヤの演奏のある美点に気持ちが落ち着き、じっくりと耳を傾けるモチベーションを高めていきます。

その美点はテンポの安定感です。

この人は淡白と思えるくらい、ルバートが控えめです。

安定したテンポで聴き手の心を落ち着かせ、アーティキュレーションと声部のバランスで表情を作り、聴き手の心にさざ波を立てます。

それがこのソナタに実に相応しいのです。

速度もあまり遅くはなく、かと言って早くもなく、無理のないものです。


私は第一楽章の長調の部分には静謐の緊張を求めているのですが、朗らかさやのどかささえ感じるほど「普通の」表情です。

短調部分はしっかりと情熱の高まりを表現しますが、そこから長調へ戻る部分は高いテンションのまま緊張の種類を変えなければなりません。
張力で水が盛り上がったコップを人に手渡すような感じです。

しかしレオンスカヤはそんな事には無頓着に、緊張を解いて長調で再スタート、という弾き方です。

まあ、ハッキリ言えば物足りないのですが、「違う」とも感じる事がない安心感のある演奏であるとも言えます。

彼女の息遣いが頻繁に聞こえて来るのですが、演奏のフレージングには息継ぎ感はあまりありません。


第二楽章はとても中庸に始まりのどかすぎず、さりとてあっさりして聴き応えが無いという程でもありません。
怒りの短調は明確なコントラストと速度アップで良い表現です。
タメが無いので情熱に粘りは感じられません。

こう言った長調部分にはとかく天国的とか死の誘惑とか、シューベルトの闇を投影しがちですが、あまりそういう想念は感じられません。


私はこの演奏を繰り返して聴くのはこの第三楽章と第四楽章のためです。

旋律のチャーミングさとリズムのキレと、対位法的な面白さを存分に描き出していて、聴き応えのある快演です。

器楽的な楽しみも感じるのですが、音楽的に必要十分なだけに留まっており、聴き手がシューベルトに迫るのを助けていると感じられます。

この3・4楽章があるおかげで、このレオンスカヤは技巧も音楽性も優れた良い演奏家なのだなと分かって来ます。


私が求めるほどの重厚長大さは万人が求めるものではないと思いますので、こうした演奏の方がこのソナタへの入り方としては良いのかも知れません。

また、この録音は彼女が40にならない頃のものです。そろそろ成長した彼女の大家ぶりを聴かせて欲しいと感じずにいられません。



[2011-1-4]