森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

CD アリス=紗良・オット ショパン:ワルツ集(全曲)

イメージ 1ショパン:ワルツ集(全曲)
ピアノ:アリス=紗良・オット
録音:2009年8月 ベルリン
発売元:ユニバーサル


「ワルツは三角じゃなくて丸を描くように演奏するんだよ」
私は師匠からそう習いました。

ここでアリス=紗良・オットは様々な形のワルツを描いてみせます。もはやそれで踊ることは絶対に不可能な自由闊達な器楽のワルツです。しかし頼りない揺らぎ方を感じさせることは一切なく、ドイツ人やロシア人によくある感性の土台に堅い進行感覚が宿っていると思わせる演奏です。

速度にしろ声部のバランスにしろありきたりなところはどこにもなく、隅々まで自分の感性で再評価したことが分かります。
それが独りよがりに聴こえないのは意図して演出するのは不可能な品の良さのおかげです。
子供じみた仕掛けにも哀愁をにじませたフレーズにも品の良さが漂っています。それで奇を衒ったり退屈しのぎにやってみた、と言うふうには決して聴こえないのです。


さらに緩急によるドラマ性は小さくおしゃれにまとめて、陰影による美しい心のレリーフをしっとりと聴かせます。
ライナーノーツによると、アリス=紗良・オットは
「速く弾きすぎないようにしています」
「様々なタッチを理解するためにゆっくり弾く練習が大切です」
ショパンはかなり小さな音量で、ピアニッシモの多様な陰影を表現しました」
等と、繰り返し「ゆっくり」「小さい音」に言及しています。

こう言った特徴は最初の《華麗なる大円舞曲》に全て表れています。
この曲にはちょっと飽きていて聴き所を探してしまうわけですが、アリス=紗良・オットの演奏は出だしから『そういう必要が無い』とわかります。
元気の良さや軽やかな華やぎは結果として出てくるだけで、小さな才気を積み重ねて初めて聴く《華麗なる大円舞曲》に仕上げています。
私はこれを 『気紛れで構成力の弱い演奏』 ではなく 『愛すべき才能と個性』 と感じます。


この一年見てきて少し心配した面もあったのですが、きちんとすべきことがわかっているようで安心しました。もっともヨーロッパでは慢心していられるような立場では到底ないでしょう。がんばってほしいものです。


うちにはルビンシュタインもホロヴィッツもフランソワもあるけど、伍して《ワルツ》の筆頭の一つになりました。



[2010-2-25]