森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

プリズンホテル 4 春 (浅田次郎)

イメージ 1プリズンホテル 4 春
浅田次郎
集英社文庫

とうとう最終巻です。
読み始める時から興味は第三巻で予期した通り最悪の外道である主人公がどう落とし前をつけるのか?という所にあります。
主人公の育ての母親でありサンドバッグでもある富江の異変が話の中心にありますが決してそれにとらわれず、様々なワケアリの客たちがプリズンホテルに集結し繰り広げる狂詩曲が実に冴え渡っています。作者の手腕の向上がはっきりと見て取れます。

最後はやはり「電車の中で読まなくてよかった」と思わせるお涙頂戴の場面となるのですが、これはやはり《プリズンホテルの話》ではなくて《主人公木戸孝之助の話》だったのだなあ、と思います。

一気に4冊読んでしまいましたが、途中で一息つきたくなることが全くありませんでした。
読み物には硬水のように喉に引っかかって入りにくものと軟水のようにスルスルと入っていくものとがあります。

私にとっては、ドストエフスキーカミュはヘビーだけど飲みやすい軟水です。
トーマス・マンエミール・ゾラは素晴らしいけど緊張して噛み締める硬水です。

このプリズンホテルは軟水の最たるものです。スルスルと喉を通りあっという間に体中に染み渡ります。そしてすぐに次の一杯を注ぎたくなる・・

ただ、浅田次郎は1951年生まれにしては感覚が古いですね。
支配人の不詳の息子、繁は《ヤンキー》でもなく《ツッパリ》でもなく、《不良》言葉をしゃべります。それは浅田次郎自身が若い頃喋ったであろう言葉でありリズムです。今の言葉も取材して少し現代的リアリティーも持たせたら読者層が広がると思うのですが。


あとがきを読んで驚いたのですが、浅田次郎はものすごい速筆です。第三巻は400枚ですが一週間だそうです。
私の父も一晩で5冊を読み翌朝には新聞の書評欄の原稿を書いていましたが、プロの読み書き能力はすごいものです。スポーツや演奏家のように、素人とは全く違う能力です。

このプリズンホテルはもう終わりと宣言していますが、また書いて欲しいと思います。この愛すべき人物たちの人生はここではお終いまで見届けられてはいないのですから。



[2010-2-24]