森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

ネマニャ・ラドゥロヴィチ バイオリン・リサイタル2

ネマニャ・ラドゥロヴィチ バイオリン・リサイタル2
2008/12/8 武蔵野市民文化会館
バイオリン:ネマニャ・ラドゥロヴィチ
ピアノ:ロール・ファブル・カーン

シューベルト:バイオリン・ソナチネ 第1番 ニ長調 作品137-1
ドボルザーク:バイオリン・ソナチネ ト長調 作品100
グリーグ:バイオリン・ソナタ 第3番 ハ短調 作品45

NHKの放送を録画視聴
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ラドゥロヴィチは以前にも評した通り、素晴らしい音色の持ち主です。
以前に聴いたブラームスとは違って今日は彼の特質にあった曲だと予想されます。

まずシューベルトは、率直さの裏にある情念などのシューベルトの複雑さはどこかへ投げやって、シューベルディアーデで屈託なく演奏する姿を彷彿とするような刹那的な美感に満ちています。

ドボルザークソナチネは私は昔から大好きで、スークやフデチェクなどのチェコのバイオリニストで良く聴いていたのですが、彼らの陰りのある明るさや湿っぽい憂鬱というよりは、軽やかな遊び心と、夕暮れ時の気分の陰りのように次なる幸福感への予兆のような儚い叙情を表現しています。

グリーグではとうとうエンジン全開というように、激しく身をうねらせながら激情の音楽を展開します。
時々力を抜いてかそけきピアニシモで臨むパッセージが聞き手の注意をかきたてます。
ジェットコースター感覚のなめらかなダイナミズムも胸のすくような爽快感を与えてくれます。

ラドゥロヴィチの音色は無理に純粋さを追求せず、バイオリンの特質を素直に表現したものだと感じます。
明るく細身の音にも関わらず耳障りな擦過音は最小限で聴きやすい音でもあります。
時々エキセントリックな音が鳴っても、耳を塞ぎたくなるような気がしないのは全体の音色や音楽性のバランスの中で説得力を持っているからでしょうが、意図して出来ることとは思えません。

またラドゥロヴィチのコブシは意図して表現する装飾音のようなものではなく常に発音と共にある自然な呼吸のようなものです。これが極めて上品で心地の良いものなのです。
この人の音楽は想念の向こう側、深き淵へ引っ張り込まれてしまうようなものではありません。しかし現世で得られる情熱とデリカシーなどの感覚美を最上に味あわせてくれます。
なによりバイオリンがバイオリンらしく、この人に弾かれると楽器が喜んでいるのでは、と思ってしまいます。

ロール・ファブル・カーンの凛とした音色も素晴らしい。
この透明感と安定感が昨年末リリースされたショパンの《前奏曲》では『最上の普通』とでも呼びたいような贅沢な物足りなさを感じさせたのですが、この合わせ物においては『頼りになる美しさ』と評しておきましょう。
情熱的な演奏に涙が出ることは良くあるけど、玲瓏な美しさに胸が熱くなる事はそう多くはありません。
本当にこの人のピアノは素晴らしい。


[2010-2-4]