森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

ショパン 前奏曲集 イリーナ・メジューエワ

イメージ 1ショパン 前奏曲集 イリーナ・メジューエワ 
ショパン
24の前奏曲 作品28
前奏曲 作品45
前奏曲 遺作
ピアノ:IRINA MEJOUEVA イリーナ・メジューエワ
 
録音:1999/9/28-29 身延町総合文化会館
発売元:Creative D

聴き始めてまず感じるのが『遅い』ということです。そして、音楽がゴツゴツしています。ポーランドとフランスよりも、ロシアの風土を想起させます。

第1番はほとんどの場合、味わいきれないうちにあっけなく終わってしまうものです。
ショパンはこれをもう少しだけ長く書いて欲しかった、そう思ってしまうのですが、このメジューエワはその第一番をじっくり腰をすえて重厚に弾きます。
第1番の表題は"Agitato" ですが、ちっともアジタートではありません。次の第2番"Lento"と比べても際立ったコントラストは感じない程です。

しかし、彼女が何か勘違いをしたり、間違ったショパンを聴かされている風には私には感じられませんでした。
それどころか、ショパンが何もない空間から紡ぎ出した音たちを途方もない責任感を持って再現する覚悟を感じるのです。

このあと全ての曲が、いつも聞いているプレリュードよりもすべからく遅く演奏されます。普通の速度のものさえ、ひとつもありません。

ショパンらしい、連なりあった音が余韻の中に時間を越えた詩情を作り出す、そういう語法と全く違って、今そこで鳴っている音に万感をこめる弾き方です。

《ピアニズム》と良く言いますが、ピアノらしい、ピアノならではの表現、技巧の冴えから感じられる高揚感。楽器の資質であるノーブルな印象。そういったものにメジューエワは全く興味がないかのようです。
だから、ピアノが大好きで自分でもピアノを弾いて、上手いピアノを『凄い凄い』と賞賛するような気持ちでは鈍重でつまらない演奏に感じられる可能性が高いと思います。
そうでなくても第1番と終曲の第24番だけで満腹になってしまう人も多いでしょう。

私はこの演奏が大好きですが、やはり意識を変えて、覚悟を持って聴くべき演奏だと感じます。
プレリュードという感覚は全くなく、短いけど濃厚なバラードを26曲聴かなくてはならないような印象です。

もし好きではなくても第24番は聴いてほしいです。どんなに真摯な音楽家か必ず理解できるはずです。

一年半前のベートーヴェンとシューマンからの、この個性の深まりはただ事ではありません。24か25歳でこの重心の低い音楽は何とした事でしょうか。
何もかも諸手を挙げて賞賛するわけではないし、好きではない演奏もありますが、道を極めんとする姿勢が込められた一音一音に圧倒されるのです。



[2009-12-5]