森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

《どん底》 ゴーリキイ

イメージ 1どん底
作:ゴーリキイ
訳:中村白葉
岩波文庫

社会の底辺で生きる人たちが、さらに落ちていく話です。

中学生のときに読んで以来、明日本多劇場で上演があるので予習に読んでみました。

150ページと短い上に戯曲なので、すぐに読み終えてしまいます。
しかし内容は大変な密度です。

この《どん底》にはストーリーがありません。
登場人物たちの喧嘩と独白と、いくつかの断片的なエピソードがあるだけです。
そのセリフとエピソードが絡まりあいアンサンブルとなって、どん底な人生の狂詩曲を構成しています。

一つ一つの言葉がどんな抑揚で語られるのだろうと、心理描写もト書きもない戯曲ですから作者の助けもなく想像しなければなりませんが、それがまたこの世界へ没入させてくれます。

どん底な話はエミール・ゾラにもありますが、淡々とストーリーを描写したゾラと違いこちらはドストエフスキーと同じように、登場人物たちが饒舌に作者の哲学を代弁します。
1人の人間がよくもこれだけ沢山の含蓄あるセリフを考えだせるものです。

傑作でしょう。

前半から、気になったセリフを書き出してみました。
若い頃はいつもこうやって、セリフを租借していました。
またこういう風にしてみるのは、ブログをやっているおかげです。


・天才ってのは、自分を信じることなんだ。

・名誉心や良心がなんになるんだ?長靴の代わりにもなりゃしねえや

・人間てやつは自分の隣人が良心を持つことを願っている。

・地球の上にいるかぎり、わしらはみんな巡礼さ。

・世の中の人間はみんな余計者だよ。

・(お前を知らないと言われて)この世の全部がお前さんの受け持ち管内でないからだよ・・ほかにもちょっぴり残ってるところがあるからだよ。

・(親切で、物柔らかで・・)あんまりもまれすぎたんで、それで柔らかになったのさ。

・もしこの連中が正直な暮らしなんぞを始めたら、それこそ三日とたたないうちに飢え死にしてしまう。

・大好きなものを忘れるようじゃもうおしまいだね。人の魂というものは好きなものの中にあるんだから。

・つまりお前さんはもうじき死ぬんで、死ねば楽になれるってわけだよ。もう何も心配はない。大丈夫。大丈夫。

・もしあの世に苦しみがないのだったら・・この世でもう少しくらい苦しんでも・・いいの!

・人にいいことをしなかったのは、悪いことをしたと同じだ。

・(死人より)お前さんはな、生きてる人間をこわがることだよ。

・肝心なことは話(の内容)でなく、なぜそんな話をするかということなんだからね。

・あいつあ顔を塗りたてるのに慣れてるんで魂まで塗りたくろうとしてやがるんだ、魂にまで紅をつけようとしてやがるんだ。
人間はだれでもみんな灰色の魂を持っている、だからちょっと紅をさしたがるのさ。