森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

CD メジューエワ シューマン交響的練習曲 ベートーヴェンPソナタ31

イメージ 1シューマン:交響的練習曲 作品13
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110
ピアノ:イリーナ・メジューエワ
録音:2004/6月&12月、新川文化ホール(富山県魚津市
発売元:若林工房

シューマン 交響的練習曲 Symphonic Etudes, op.13

主題は内省的かつ重々しく開始します。
以下全てが深く呼吸するようなタッチで演奏され、変奏4のような細かい音型が跳ね飛ぶ様な曲でさえ、内省の世界に収められているようです。

しかし、地味な演奏かと言うと決してそうではなく、変奏5や変奏8などは題名のごとく十分に交響的です。
変奏9のリリシズムと終曲の派手さの対比も十分で、最後はついに情熱が外向きに放射されます。

シューマンの音楽は、心の内面に沈潜し逡巡する部分と、精神の器をはみ出してしまったような唐突さを併せ持っていますが、メジューエワは決してハジけてしまうことがありません。
畳み掛けるようなアッチェレランドもなく一貫して心象を精緻に彫琢していきます。

シューマン的ではないように思えますが、それでも音楽的・芸術的には大変充実した突き詰められた演奏です。
子供の情景』を是非聴いてみたいと思います。DENONから出ていたのですが今は廃盤になっているようです。

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 op.110

-穏やかな昼下がりのテラスでゆったりくつろいでいると、ふと風のそよぎに気づいた。
-前にもこの風を感じた・・心がその記憶をたぐり寄せる。
-と、おもむろに甘美な思い出と喪失感が同時に甦えってきて、私は心の旅に沈潜していくのだった。

私にとって31番はこんな風に始まります。

メジューエワは開始から既に沈潜しきっており、あまりテラスの風は感じません。
しかしここは私の思い込みは抑えておきましょう。

その続きの甘美さと痛々しさが筆舌に尽くせぬほど実に凄まじいのです。
始めの違和感など実に愚かなものだったと思い知らされます。
短調に転調するところからは恐れすら感じるほどの心理の彫琢です。

第二楽章は感傷への反骨のように演奏されることが多いと思いますが、メジューエワはここでも痛恨の念にからめとられた足をほどこうとでもいうような、あがきの音楽を進めていきます。

第三楽章ではもう、全ての抵抗力が失われてただ痛切さが突き刺さります。
こんなに悲しく狂おしいアダージョが後にも先にもあったでしょうか?
フーガでさえ物悲しく響いてきます。

後半ト長調の反行形フーガは、全ての情念が一面の雪野原に覆い隠されてしまったような清澄さで開始され、終結に向かって新たな命を芽吹かせていく様に進んで行きます。
最後には全てが力強く昇華するかのような、生命力に溢れたアルペジオと和音で終了します。

若林工房とは?

このCDをプロデュースする若林工房というのは富山県魚津市にあり、メジューエワの演奏に触発されて彼女のCDを製作するために立ち上げたのだそうです。
(とやまブランド・ホームページ「くらしたい国、富山」より)
活動に感謝します。

記事:魚津訪問紀

[2009-2-28]