森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

CD メジューエワ シューベルトPソナタ16 ベートーヴェンPソナタ28

イメージ 1シューベルト:ピアノ・ソナタ 第16番 イ短調 作品42 D845
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第28番 イ長調 作品101
ピアノ:イリーナ・メジューエワ IRINA MEJOUEVA
録音:2002/9/27~28 笠懸野文化ホール
発売元:若林工房

HMVの店頭で試聴し「これは大変だ」と感じ急遽調達しました。

ロシア生まれ、日本伝統の美意識に惹かれ現在日本在住のピアニスト。

シューベルト ピアノソナタ第16番

「フレーズ全体でニュアンスが表現できていれば良い」という姿勢ではなく、1音1音の意味付けをはっきりとさせようという、細心のアーティキュレーションを駆使しています。
休止符も「間」ではなく「存在」として扱い、開始と終了に気を張り詰めています。

音の縦の並びも横の線も「これ以外に無い」というポジションに置こうとする、完璧さの追求。

拍節は頻繁に伸び縮みするけど、響きと心理の接合が失われることはありません。流れが淀むことが無くはないけど、ものすごい集中力で音の重み配分がなされる結果、シューベルトらしい歌謡性も内在する凄みも十二分に浮かび上がって来ます。

第三・第四楽章などは流れもよくリリシズムに不足するようなことはありません。
速度が走りがちな第四楽章ですが、心より指の方が先へ進むような演奏には決してなりません。

一瞬たりとも蔑ろ(ないがしろ)にできない時間が流れます。
聴く方にも恐ろしい集中力を要求する演奏です。

録音時の年齢がおそらく27歳前後。これほどの確固たる音楽的信念を何が故に身に付け得たのか?
とにかく今は感動と賞賛しか出てきません。

ブラーヴァとかブラヴィッシモとか騒ぐような気分ではないので、これしか言えません。

Mejoueva !


ベートーヴェン ピアノソナタ第28番

この曲については私のベンチマークバックハウスです。
ベートーベン晩年の諦観が見え始めており、人間のロマンよりも天上の美、というもイメージを持っています。

実際に自分でこの曲を弾いてみると、なんの表現もできないヘタクソな段階で既に、なんて美しい響きなんだろう、と感じます。
この素直な感動を奏者の作為で壊さないこと、が第一条件と考えています。

この曲での彼女の演奏は、そんな私の思い込みとは違う方向性の演奏でした。

シューベルトと同じ演奏姿勢ながらも、気分を「優しさ」に振った演奏です。
テンポもリズムもタッチも柔らかくしなやかで、奏者の息遣いが聞こえてきそうです。


知性と信念でコントロールしながらも、女性としてのロマンへの憧れがあふれ出ている、と言うような表情です。
ただ、ちょっと凝りすぎ、と思うところもあるのです。

それにしてもやはり、アーティキュレーションにも休符にも神経を尖らせ、こんなに長い曲だったっけ?と感じさせます。

自分好みの方向性ではない演奏であるにもかかわらず、「全ての表情を捉えなければ・・」と耳をそばだてざるを得なくなる。
そんな類まれな資質をもったピアニストであることに間違いはありません。

どこで聴けるのか?

彼女はプロモーション事務所と契約していないのでしょうか?
どこにも公式情報やコンサートスケジュールが見当たりません。
絶対に彼女を埋もれさせるべきではないと強く思います。


[2009-2-21]