森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

マリア・ストゥアルダ - デヴィーアの独壇場

歌劇『マリア・ストゥアルダ』全2幕 (ドニゼッティ)

合 唱 : ミラノ・スカラ座合唱団
管弦楽ミラノ・スカラ座管弦楽団
指 揮 : アントニーノ・フォグリアーニ
演出・美術・衣装 : ピエール・ルイージ・ピッツィ
出演:
イングランド女王 エリザベッタ = アンナ・カテリーナ・アントナッチ
スコットランド女王 マリア・ストゥアルダ = マリエッラ・デヴィーア
レスター伯爵 ロベルト・ダドリー = フランチェスコ・メーリ
[ 収録: 2008年1月, ミラノ・スカラ座 (イタリア ) ]
- 国際共同制作: RAI / RAI TRADE / NHK
(2009年1月19日 NHK BS2にて放送)

見始めるまではマリア・ストゥアルダが「メアリー・ステュアート」の事だとも知らなかったのですが、いやこれは・・
大変面白かった!

筋立ては、
冒頭にエリザベッタ(エリザベス1世)がフランスの公爵との結婚を決意するシーンでマリア・ストゥアルダ(メアリー・ステュアート)の存在を問題視するところから始まります。
そして終結まで一本道で、起承転結というものがありません。
愛は描かれるけど始まりは無く終わりだけ。3幕物の3幕目だけをじっくり描いたような構成ですね。
先月は「愛の妙薬」を見たのですが、ああしたストーリーの展開はありません。
逆に、人間関係が全てでき上がっている状態で始まりますので「そんな急に愛が芽生えるのかー?」という、オペラに対する永遠の疑念は感じずにすみますね。

イメージ 1エリザベッタ(エリザベス1世)=アントナッチ
このオペラにおいては無慈悲で横暴

音楽的には優美なアリアと間奏が次から次で、退屈な部分がありません。画面を消して音声だけの状態でも充実した音楽として非常に楽しめます。

演出は奇を衒ったところは無く、こちらの感覚を演出家に合わせるという作業は不要でした。
美術と衣装もクラシックとモダンを程よくミックスしたシックで格調高いものでした。
視覚も十分楽しませてくれます。

イメージ 2死刑執行人
プロポーションが良いなあ、まったく・・

合唱も良くリハーサルしてあって、マリアが「主よわれら卑しき者の願いを聞きたまえ」と歌うアリアでは、独唱・合唱・オーケストラが非常に高い水準の感動的な1章を聴かせてくれました。

エリザベッタ役のアントナッチは音程も歌い回しも声質も申し分なく良かったのですが、とにかくマリア役のデヴィーアがあまりにも素晴らしかったので霞んでしまったようです。
デヴィーアは序盤こそ「セーブしてるのかな?」と思わせましたが、中盤からはもうすさまじいハイトーンを出し惜しみ無くこなして行きます。
それも自慢げな感じは皆無で、音楽的な感興に従って声の楽器を演奏するといった感じの、完璧にコントロールされた歌唱でした。
59歳ですか。よほど発声のメカニズムと筋トレのメソッドを極めているのでしょう。

イメージ 3マリア・ストゥアルダ(メアリー・ステュアート)=デヴィーア
非道にも処刑の立会人に任ぜられたレスター伯を慮る

レスター伯ダドリー役のフランチェスコ・メーリはとても華麗な声で素敵だったのですが、音程がAを超えると響きが失われる傾向がありました。しかし悩めるレスター伯を爽やかに演じて好感が持てました。

イメージ 4レスター伯爵=メーリ
理不尽な仕打ちに怒り大爆発
一同を前にして大見えを切る

他の脇役もすべて素晴らしかったと思います。

これは、なぜあまり上演されないのでしょうか?
マリア役のソプラノの困難さとストーリーの単純さ、それに加えあまりにエリザベス1世とイングランドを邪悪に描いているところに原因があるのかもしれません。
去年見たテレビドラマの『エリザベス1世 ~愛と陰謀の王宮~』での、ヘレン・ミレン演じる悩めるエリザベス女王とはあまりに違います。もちろん当時弱小国であったイングランドの女王たるもの、公明正大・清廉潔白であったわけがありませんが・・
事実、作曲当時は上演禁止となっていたそうです。
シラーもドニゼッティイングランドに怨恨があったのでしょうか?

1つの完結した作品として評価すると、足りないものがあるかもしれませんが、ウィーンのニューイヤーコンサートのように優美な音楽と歌手の見せ場が次々と現れるので楽しい事この上なしです。

この公演はそのような見せ場をすべて上等にこなしています。
140分、しんどくなることは一切ありませんでした。

去年から、ドラマ『エリザベス1世 ~愛と陰謀の王宮~』、映画『ブーリン家の姉妹』、歌劇『マリア・ストゥアルダ』と立て続けに見て、たいぶこの時代が身近になりました。
こうやって背景を覚えると、より楽しめますね。

[2009-2-1]