新国立・パリ 2つのバレエを見て
新国立・パリ 2つのバレエを見て
ドリーブ 『シルヴィア』
新国立劇場バレエ
演 出:デヴィッド・ビントレー
出 演:
シルヴィア=小野絢子
アミンタ=福岡雄大
ダイアナ=湯川麻美子
オライオン=古川和則
エロス=吉本泰久
バレエ:新国立劇場バレエ団
指 揮:ポール・マーフィー
2012年11月1日 新国立劇場オペラパレス
『ロメオとジュリエット』
パリ・オペラ座バレエ
振 付:サシャ・ヴァルツ
音 楽:ベルリオーズ
合 唱:パリ・オペラ座合唱団
指 揮:ヴェロ・パーン
出 演:
ジュリエット=オーレリ・デュポン
ロメオ=エルヴェ・モロー
NHKで日本とパリ、2つのバレエを並べて放送していました。それで思うことがあったので記しておこうと思います。
新国立劇場バレエ『シルヴィア』
ビントレーの振り付けはこのバレエ団の特性かどうか分からないけど、動いてはキメの静止また動いては静止というように早くて細かいものです。キビキビとメリハリの効いた振付と踊りはどことなく組体操を見ている感覚に陥ります。
これに後方のダンサーがついて行けないのが見て取れるのがとても残念ですが、キメポーズがピタッと揃う様は日本人的だなあと妙な感心をしてしまいます。
しかし体の動きを空間のダイナミズムや時間の緩急に拡大し舞台を異世界へと変えてしまうオーラはまだ小さく、主役といえど全体の一部を担っている印象の方が強く感じられます。
男性の筋力の問題かまた別の理由なのか、素人の私にはわかりませんがリフトも常に不安を感じます。フィギュアスケートのジャンプみたいにガンバレ・ガンバレと力が入ってしまうのです。
体操やフィギュアスケートで世界の頂点に立つ日本人ですからバレエでも身体能力に不足があるとは思えません。
それでも美しい衣装や舞台と華やかなアスリートぶりは魅力十分で、これを見に劇場へ足を運んでみようと思わせるのに十分な力量のあるステージだと感じました。20年前には残念ながらそう感じたことはありませんでした。
そしてオーケストラ演奏は全く満足の行く出来で、世界中どこに出しても威を張れる立派な演奏です。
昔は邦人の演奏にはピアノでもヴァイオリンでも「上手いけど何かが違う」という疑問に苛まれる事しきりでした。それが器楽演奏では全く無くなり西洋音楽の精神と呼吸を完全に手のうちに収めた数多くの邦人演奏家が活躍するようになりました。
今やオーケストラがそれを達成したように思います。
バレエでもそうなる日は近いのでしょう。
パリ・オペラ座バレエ『ロメオとジュリエット』
(ため息が出るほど美しい形と動きを見せてくれるのですが)
オーレリのジュリエットはさぞ美しい事だろうと惚れ惚れとした気分で画面に食い入る自分を想像して見始めたのだけど、そういうロマンティックな欲求が叶えられる振付ではありませんでした。
多分、ジーパンでしかしちゃいけない、ドレスやチュチュではしてはならない現代っ子のスキだらけの姿勢が私にはたまらなく下品に感じられて、超絶技巧であるはずのこの重力を無視した「ゆるやかな動き」が「優雅」には至らず好きになれません。
しかもオーレリの妙技は第三部でしか堪能できません。なにしろ前半は若者たちの交わりと争いを描き、終盤は仮死状態なのですから。物語終盤、それもかなり長時間主役二人が横たわっているだけというのも大胆なバレエです。
オーケストラ演奏も本来カラフルで壮麗なこの音楽を終始眠たいものに変換し続け全く褒めることができません。
オーレリ・デュポンを堪能したい思いも叶えることができず、フラストレーションのたまる舞台でした。
2つを並べて見てみて、やはりオーレリ・デュポンもエルヴェ・モローも日本人にとって遠い目標であるという気はしました。
しかし全体の満足感は『シルヴィア』の方が遥かに高かったのが事実です。
それはバレエがオペラと同じく振付・衣装・美術・ライティング・オーケストラ演奏などが一体化して異世界を創出する総合芸術だからでしょう。
通でない私は尚更、「せっかく見に行くなら来日アーチストを」と思ってしまっていたのですが、見たい演目があれば迷うこと無く新国立劇場へ行けばいいのだと認識を改めました。
[2013-7-1]