怖いもの見たさのためにボリショイ劇場 『ルスランとリュドミーラ』
ボリショイ劇場修復記念 『ルスランとリュドミーラ』
演 出:ドミートリ・チェルニャコフ
合 唱:ボリショイ劇場合唱団
指 揮:ウラディーミル・ユロフスキ
出 演:
リュドミーラ=アリビナ・シャギムラトワ
ルスラン=ミハイル・ペトレンコ
ファルラーフ=アルマス・シュヴィルパ
フィン=チャールズ・ワークマン
ナイーナ=エレーナ・ザレンバ
ラトミール=ユーリ・ミネンコ
ゴリスラーヴァ=アレクサンドリーナ・ペンダチャンスカ
2011年11月 モスクワ・ボリショイ劇場
モスクワのボリショイ劇場は6年かけて改修をしました。その六年の間には様々問題が生じたことは聞こえていましたね。
よくこの国が月ロケットを飛ばしたな・・と危惧を覚えるような風評ばかりでした。
ちなみに「ボリショイ」とは「大」という形容詞に過ぎず、ボリショイサーカスは単に「大サーカス」という意味で実際にそういう名称の団体があるわけではありません。ボリショイ劇場もロシア中にいろいろあるはずで、ここで言うボリショイ劇場は正確には「モスクワ・ボリショイ劇場」の事です・・・ということを大学のロシア語の授業で学びました。
その幕開けが『ルスランとリュドミーラ』になったのは、このオペラがロシアにおけるオペラの先駆的な存在だからでしょう。
初演は1842年12月9日に当時の首都ペテルブルクの大劇場(ボリショイ劇場)で行われましたが、かなり不評で皇帝ニコライ1世は中途退席してしまったそうです。
現在のロシアでは大変な人気作となっていて、余りに多く上演されたため発展の見込めない陳腐作となってしまった嫌いも指摘されているようです。
物語は・・
キエフ大公の娘リュドミーラは勇者ルスランとの婚礼の席でさらわれてしまいます。
魔法使いフィンに冷たくされた魔女ナイーナが愛の不在を見せつけるために行った仕打ちでした。
リュドミーラを捜索するルスランに愛を失わせる罠が待ち受けます。
しかしフィンの助力も得て最後には二人の愛が勝利するのです。
以下、この公演のあらましを完全ネタバラシでお伝えします。
私自身、このファンキーな経験を記憶に留めたいと思ったからです。
さて、序曲はアンコールなどで多用される人気作なのでよく知っていますが実演も映像でもこれを見るのは今回が初めてでした。
非常に楽しみにしていたのですが・・・
有名な序曲。
ガサツです。しっかりしたリズム感に支えられてこそ快活さが活かされるはずですが、付点音符もスタッカートも流れ去ってステップ感がまるでありません。
リズムセクションとメロディーセクションがバラバラでハラハラします。
出だしのシーンはキエフ大公の宮殿。
婚礼の席は壮麗でまさにキエフ。
美しいです。素晴らしい歌劇上演を期待させます。
凄いエキセントリックな声で激しく歌うリュドミーラ。ロシアンパワーか。
こういうキャラクターなのでしょうか。ちょっとストーリーから想像される花嫁と違う感じを受けます。
ルスランと結婚し故郷に行くのがすごくイヤそうです。本気でイヤそうです。それで声も苛立っている様子。
宴が佳境に入ると周りの人間がふざけるようにルスランに目隠しをし、リュドミーラをカーペットで簀巻きにして運び去ってしまいます。
目隠しを外してしばらく経ってからリュドミーラの不在に気付いて狼狽するルスラン。なんだかトロいです。
大公も娘はどこへ行ったと騒ぎ出します。あれ?大公も見てなかったのかな?
ここまでで私にはさっぱりわけが分からなくなてしまいました。
魔法使いフィンの館で魔女ナイーナとの確執を聞かされるシーン(第二幕第一場)や、リュドミーラに横恋慕するファルラーフがナイーナに加担する経緯を描くシーン(第二幕第二場)を経て、リュドミーラを捜索するルスランのシーン(第二幕第三場)へ至ります。
しかし嘆いたり決意したりで実際には全く何もしないルスラン。大丈夫かコイツ?
そして第三幕。
ルスランはナイーナのアジト(=男性向け享楽の館)へ導かれてエロティックなショーで歓待を受け(通常のオペラではバレエのシーンと思われますが、ひたすら宴会芸が繰り広げられます。)呆けてしまいます。
恋人(ラトミール)の心を奪われた女性(ゴリスラーヴァ)に助けを請われたルスラン。
「恋しいリュドミーラの姿がかすんでしまいそうだ」
別に言い寄られたわけでもないのに、なんだコイツ?
そこへフィンが登場して一喝。我に返って捜索再開。
(第四幕)
一方カーペット簀巻きで失踪したリュドミーラは
精神病院らしきところでうろたえています。
どうして婚礼から失踪したのかはわかりませんが、グラスハープやヴァイオリンの演奏さらにツボマッサージなどの手厚いケアを受けています。
しかし何故か職員たちが愛し合い始め居心地の悪い状況になってきます。
マッチョが現れリュドミーラを誘惑し始めます。
誘惑といってもセクハラにしか見えずリュドミーラもすごく迷惑そう。
その前で調理師たちが調理器具で芸を披露したり楽隊が演奏し誘惑を盛り上げます。
とうとう女性がアラレもない姿で走り回るという事態に至りオペラはシッチャカメッチャカに(これぞヘルタースケルター?)。
そこへ勇士ルスラン登場。
くたびれきった姿で剣もダラリとぶら下げたままヨロめいているのですが、精神科の職員一同
「わあ大変だあ、凄い勇者だあ、今日は踏んだりケったりだあ。」
と笑いながら後退りして勝手に退場。
ボサッと立っていただけのルスランですが、ここで勝どきを上げます。
「勝った、勝ったぞリュドミーラ」
(ここで会場爆笑)
しかしリュドミーラは立ったまま睡眠状態に陥り無反応です。
嘆き悲しむルスラン。
リュドミーラを介抱するラトミールのカウンターテナーによる美しいアリア(第五幕第一場)。
ゴリスラーヴァのために女たちを捨てたという、未練がましく恩着せがましいが音楽としては美しいアリアです。
いつしか眠りに落ちたラトミールとゴリスラーヴァが目を覚ますとリュドミーラが失踪しルスランは当てもなく探しに出たという。
そこへフィン登場「なんてこと無いさ、大丈夫!」
「じゃあみんなでキエフへ行こう!」
大団円(第五幕第二場)
すでにキエフへ帰着しているリュドミーラ。ファルラーフがさらって連れてきていたのです!
リュドミーラを連れ帰った者に王国の半分をやるという大公の約束があったからです。
しかし一向に目を覚まさないリュドミーラ。ナイーナの計略なら協力者のファルラーフに花を持たせればいいものを・・・
大団円に向けて着替え中の一同(舞台上です)
遅れてフィンとルスランが到着。
フィンの注射で目覚めるリュドミーラ。
合唱:「偉大なるフィン。ナイーナに勝ったのだ!フィンに栄光あれ!!!」
ピアノとハープの伴奏でフィンのアリア。教訓的な内容です。
私がこの公演で一番美しいと感じた部分でした。途中でオーケストラが入ってきて邪魔をするまでは。
で?
ルスランは?
「心優しき若き夫婦が栄えんことを・・・」
そうか。勇者の活躍ではなく、親心を表現したオペラだったのか。
最後の最後でルスランが突然リュドミーラの服を脱がせます。
キエフ公国の正装の群衆の中で現代の真っ白なシュミーズ姿が痛いです。
そしてやおら自分のコートを着せます。泥だらけで汚いコートを。ロシア製だから暖かいのだろうけど。
そのコートのポケットから髪留めを取り出しリュドミーラの髪をまとめようとするけどうまく行かず、リュドミーラの「もうやめてくれよ全くなんなんだよ」といった苦笑で断念。そのまま最終合唱が終わったので仕方なく髪の毛グシャグシャのまま退場。
二人を祝福する大団円だから退場する必要は全くないと思われるシーンなのだけど。
初めて見たけどこれ、演出のせいですよね。
なんだろう、チンプンカンプンです。
グリンカはロシアの誇りとなりうるよう相当の気概を持ってこの歌劇を作ったはずです。
絶対にこんな内容ではないはずです。
ルスランは最初から最後まで何の働きもしませんでした。
だれの存在も現実味がありませんでした。
どのシーンも必然性が感じられませんでした。
指揮者もおかしく、リズム感というものが全く欠落した演奏で指揮ぶりからもそれがうかがい知れます。
「指揮者はメトロノームじゃない」は私の持論ですがそれでも締めるところは締めないと。
各楽器はネットリしたロシア風の表情を遺憾なく発揮しているのですが、声部間の対話も無ければ融和も無く、パーカッションが旋律と一緒になって前のめりに走り、聞き手はどこに心の重心を置けばよいか全くわからない演奏です。
ソリストも合唱も指揮やオーケストラに合わせようとする意志が感じられず、逆に指揮者にテンポを教えようとしているとさえ感じられる始末です。
現地での評価はどうだったのでしょうか?
演出の企画書って、出されないのでしょうか。ダメ出しとか出来ないのですかね?
もし私の理解できない演出意図があるとしても、そんな変わりダネ演出をこんな大切な記念公演に行うべきではないと言っておきましょう。
しかし、未体験の物を見て経験に厚みを加えたという不思議な満足感があったのは私の怖いもの見たさの性格ゆえでしょうか?
[2012-8-19]