森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

ショパン・コンクール2010 入賞者ガラ・コンサート

ショパン・コンクール2010 入賞者ガラ・コンサート
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録画しておいた2010年ショパン・コンクール入賞者のガラをようやく聴きました。

優勝者は1985生まれ、モスクワ出身の


ショパン・コンクールの演奏を聴いていていつも思うことがあります。

どのコンテスタントも磨きぬかれたリリシズムを披露してくれて、確かにどの演奏も素晴らしけどお腹がいっぱいで入って行かなくなるという現象に見舞われるのです。

で、過去のめぼしい優勝者を見ると、ポリーニであれアルゲリッチであれ、そういう種類の音楽性ではありませんね。
ブーニンなんてもう、磨き抜くどころが原石がベルトコンベアーからガラガラ流れてくるような、豪快な演奏ぶりでした。

2000年のユンディ・リは透明感と情熱が両立した、熱いクリスタルとでも表現したいような独特で不思議な魅力を持っています。

2005年のブレハッチも決して湿っぽくなく、自由でノーブルで才気あふれる音楽です。

そして今回2010年。
5位から美しいガラス細工をそっと重ねていくような繊細な音楽を聴いてきて満腹現象に見舞われていた私を覚醒させてくれたのが優勝者のアヴデーエワの演奏でした。

彼女は椅子に腰掛けながらお尻に体重が乗り切ってないのではと思う程性急に演奏を始めてしまいます。

出だしの数小節の間、ややぶっきらぼうに聴こえ危惧を感じたことを認めなければなりませんが、聴き進めるうちその音と音の間から、キッパリと引き分けるフレーズとフレーズの間から、確かにショパンの幻想と情念が沸き立ってくるのが聴こえたのです。

彼女は自分の響きを聴き過ぎて拍が伸びることは一切ありません。
曲想にのめり込んで時間が伸長してしまうことが全くありません。

アーティキュレーションもフレージングも、詩的と言うより建築的です。

そこにショパンの形がしっかりと見えてくる、確かに素晴らしい演奏。
演奏という、音を組み立てて再現し伝達する行為における優れた技量をもち、演奏家のインスピレーションの前に、音符たちの並びが元々備えているインスピレーションを気持よく伝えてくる演奏でありました。

ずっと聴いていたい、様々な表情を汲み取っていきたい、そうしたらショパンをもっと知ることができそうだ、そういう鑑賞意欲を刺激する演奏でした。
優勝がうなずけます。


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ガラス細工のように繊細な演奏の中にも、愛おしく感じるものがありました。

第三位、マズルカ賞のダニール・トリフォノフ(1991年ロシア生まれ)のマズルカ作品56です。

恐れずに弱音を駆使した演奏で、耳とそばだてて聴くと心地よい幻想に心が揺れ動かされます。

コンクールの演奏は聴いていないのですが、同じように弾いたのでしょうか。

弱音にむしろ大胆さを感じました。




[2011-11-28]