森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

CD メジューエワ シューマン:子供の情景、アラベスク

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イリーナ・メジューエワ:ピアノ

ダヴィッド同盟舞曲集 OP.6

発売元:DENON

2000年7月24~26日
笠懸野文化ホール(PAL)



10年前、20代前半のメジューエワの演奏です。

シューマンは彼女の表現意欲を刺激するようで、非常に細部に凝った表情をつけています。

ダヴィッド同盟舞曲集》
このころのメジューエワは何かの呪縛から解き放たれたように個性の表出をしていますが、《ダヴィッド同盟舞曲集》ではどの音もとても溌剌としていて、彼女がこの曲を好きでたまらずやりたいことがどんどん湧いてくるというふうに聴こえてきます。

とても美しいトーンで、弦が鳴り切ることを嫌っていることがよく分かりますが、柔らかいフレーズに恐れずにアクセントを入れていくので音楽が流れ去ってしまうことはなく、終始美しさと活力に溢れた音楽を聴かせます。

ただあまりに細部を入念に歌い込んでいるため、大きなうねりが聴かれないのが残念なところです。

それにしても終曲はため息が出るほど繊細で美しい演奏です。
少し、グリーグの抒情小曲集を想起させます。

アラベスク》も全く同じ姿勢の演奏です。
非常に凝ったペダリングで「おやっ」と思わせます。
しかし、とにかく音が美しいのでワガママだったり挑戦的な感じはせず、音楽における音の美しさがどれだけ大切な要素か判らせてくれます。

このCDを買ったのは《子供の情景》が聴きたかったからです。

私はシューマンの曲の中でもこの《子供の情景》がとりわけ好きなのですが、なかなか「これで良し」と感じる演奏に出会えません。

エッシェンバッハの演奏が大好きだったのですが、随分前にテープがダメになってしまいCDはリリースされていません。

アルゲリッチもかなり聴いたのですが、少し大げさでエキセントリックでせわしなく感じてしまいます。


メジューエワなら落ち着いた叙情を聴かせてくれると思って楽しみにしていたのです。

ここでも表現意欲満々な彼女、《ダヴィッド同盟舞曲集》と同様とても細やかな表情を積み重ねていきます。

対位法の曲のように、各声部の横の動きがハッキリ聞き取れ、しかも縦の響き合いが美しく変化して行き、じっくり耳を傾けることができます。

様々な表情が注意を喚起して魅力的な演奏ではあるのですが、しかし優しく思い出の部屋に招き入れてくれるような音楽ではありませんでした。
深く静かな呼吸で感傷に浸りたくとも、小さな波で小刻みに揺さぶられてしまうような印象です。

悪いとは思いません。極上のチャーミングさです。
私の思い込みを満足させてくれなかっただけです。

シューマンはクララに宛てた手紙で
「これを演奏するときは、自分が名ピアニストであることを忘れてください」
と書いています。
その意味を表現した演奏をもう少し探してみたいと思います。

いずれも、美しく繊細で精巧な演奏ですが、大きな抑揚や力強さというものには少し欠けている印象です。
現在のメジューエワはそれを十分に身につけていますので、また取り組んで欲しいと思います。


[2010-12-29]