森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

イリーナ・メジューエワ ライブ録音集 - 1

イリーナ・メジューエワ ライブ録音集2002~2005 - 1
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バッハ
半音階的幻想曲とフーガ ニ短調BWV903

ピアノ・ソナタ第30番ホ長調op.109

ピアノ・ソナタ第23番へ短調op.57「熱情」
(2005/6/14 所沢市民文化センター ミューズ キューブホール)






バッハ
半音階的幻想曲とフーガ ニ短調BWV903


決然とした開始から並々ならぬ気迫を感じますが、しかし音はとても柔らかいのが不思議です。
どのパッセージも主語のように語られます。

チェンバロやオルガンでは連続的な音量変化を擬似的に表現するために『タメ』と『アッチェレランド』を使いますが、メジューエワはピアノでそれを、しかもかなり強く行ないます。
それが決して真似事になっていないのは余程修練したのでしょう。

対位法の表現能力は完璧です。
作為的な強調をほとんど感じさせず、旋律の綾を明瞭に解き明かしています。
重層的な音響の充実感も素晴らしいし、ピアノならではのペダル操作による音色作りも過剰にならず好感が持てる範囲で表現に大きく貢献しています。
その上で深い音楽表現を行なっているのは驚くばかりです。

そして音楽全体に角がなくウェットなバッハです。
楽器の違いもあるにせよ、レオンハルトのような刺激的に弾ける様なサウンドは鳴りません。
と言っても決してロマンチックに情感を表現しているわけではありません。
音そのものに宿った湿り気が、感情の襞を伸ばして整理したようなバッハの音の並びから元の情感を浮かび上がらせるようです。

人によってはバッハにしては表現過多と感じるかもしれませんが、刹那的な情感や空しい遊び心は全くありません。
私はバッハを堅苦しく弾く必要は全くないと思うので歓迎すべき表現の濃さだと思います。


ピアノ・ソナタ第30番ホ長調op.109

バッハとこのベーとヴェンはメジューエワ27か28の時の録音です。
大変立派な演奏ですが、特徴的なのは非常に表現意欲が高いと言うことです。

22歳の時のベートーヴェンでは、奥行きと大きさを探るようなニュアンスがあったのですが(バッハにはありません)、ここではハッキリと自分の表現意欲を発露しています。
しかし、それがとても立体感に富んでいてチャーミングではあるけど、ベートーヴェンの後期ソナタの深さや大きさをひとまず置いておく、という様な感覚を受けるのです。

決して表現の遊びに堕している訳ではないのですが。


ピアノ・ソナタ第23番へ短調op.57「熱情」

そして、その3年後の演奏であるこの熱情ではそうした表現の立体感に力感を獲得して、安定感と立体感と力強さが高い次元で同居する巨匠的な演奏に進化しているのです。
第3楽章コーダ(プレスト)では彼女の悪い癖(拍ずらし)が顕著に出てしまいましたが。

しかし、その後の彼女のベートーヴェンをずっと聴いていますが、胸のすくような疾走間はこの熱情がピークです。
この後は堂々たる演奏に変わってきますので。


[2010-8-29]