森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

ネマニャ・ラドゥロヴィチ バイオリン・リサイタル

ネマニャ・ラドゥロヴィチ バイオリン・リサイタル

バイオリン:ネマニャ・ラドゥロヴィチ
ピアノ:ロール・ファヴル・カーン
収録:2008年12月8日 武蔵野市民文化会館 小ホール
NHKにて録画視聴

1.ブラームス:バイオリン・ソナタ 第3番
2.ハチャトゥリアン ハイフェッツ編曲:剣の舞
3.ブロッホ:ニーグン

感覚美のブラームス

まずは、ブラームスソナタが始まってすぐに驚きます。
アルテュールグリュミオーの弾くフランクかフォーレソナタと間違えそうです。

細身でもしっかりとした芯に美しいビロードをまとったような音色。
音の高低がもたらす自然な心理的力学に逆らわない音楽性。
その美点を曇らせることのないしっかりとしたテクニック。

ブラームス好きには全く納得のいかない演奏でしょう。
ブラームスの骨太の哀愁ともいうべき独特の構成感とメランコリーは全く感じられません。

実は私はブラームスの曲が持つ哀愁が少々あざといものに感じられて少し苦手なのですが、彼の弾くこのブラームスは軽快な速度で、音色はあくまで明るく官能的で、構成感よりも旋律の曲線美を重視した美しいブラームスで、大変魅せられました。

音楽の四要素

だれでも学校の授業で音楽の3要素を習ったと思います。

 《旋律・リズム・和声》

しかし、随分前からそこに4つ目を加えて

 《旋律・リズム・和声・音色》

にしよう、と言われてきました。当然のことです。
同じ譜面をチェンバロで弾くのとオルガンで弾くのでは全く違います。

音楽好きの中には音色を軽視する人が多いのも事実です。
しかし例えば、服飾において型だけが重視され服地の色や質感が考慮されないとしたらどうしょう?

美しい楽器の音色はただのロングトーンでさえ人を魅了できるものです。そしてこの4番目の要素は、3要素以上に身に付けるのが難しい技術なのです。

このラドゥロヴィチは4要素を全て同等に駆使していて、しかも美音の持ち主が陥りがちな、これ見よがしで恣意的な(勝手気ままな)演奏と言う印象がありません。

ジュリアン・ラクリンと並べて聴いたのですが、ラクリンも同じような美音を持っているのですが、表現芸術の極みともいうべき技の連続が災いして、美音の官能性を表出する暇がないという印象です。

ラドゥロヴィチはラクリンのような彫りの深さはなくて、クラシックの世界では軽んじられるだろうけれど、決して一本負けとは感じられません。


ピアノパート

伴奏のロール・ファヴル・カーンについても記しておかなければなりません。

ピアノもソロ楽器と共に音楽を体現しなければならないのに、伴奏とかサポートなどと呼ばれるのは釈然としません。
私はピアノパートと呼びたいです。

そういう意味でこのロール・ファヴル・カーンは繊細さと力強さ、色合いと奥行きを持った素晴らしいピアノ演奏でした。
その上でバイオリンとの呼吸もぴったり合っています。
何度かヤン・パネンカを思い出す瞬間がありましたが、彼以上にソロで聴いてみたいと感じました


ブロッホ:ニーグン

ブロッホの《ニーグン》は初めて聴く曲でした。
ブロッホがこんなに激しく深刻な曲を書いていたことに驚きました。ところどころ、『いつものブロッホ節』が見られましたが、情熱を厳しく追い込んでいくような迫力は一貫していました。
これは名曲といえるのではないでしょうか。

これはラクリンでも聴いてみたいという、ちょっと贅沢な願望を持ちました。


[2009-6-7]