森羅観照記

つれづれなるままに・・。当世ではそれを「チラシの裏にでも書いとけ」と呼ぶそう。

CD ハイドシェック/ベートーヴェン:田園・ソナチネ

イメージ 1ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第15番 ニ長調 作品28
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第20番 ト長調 作品49の2
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 作品111
ピアノ:エリック・ハイドシェック
録音:1993/4/21 7/27・28
発売元:King International Inc.


なにかと賛否両論というか、実際ムラのあるハイドシェック
15番と20番はとてもチャーミングな演奏です。

ピアノ・ソナタ第15番 ニ長調 作品28

15番は『田園』という、ベートーヴェンが名付けたわけでもない副題にとらわれない、純音楽的なアプローチなのは言うまでもありません。
田園と言うよりは楽天的な演奏ですが、この曲のロココ的な明るさとロマンチックな影をうまく盛り込んだ演奏です。
ハイドシェックは語尾をやわらげず、率直な少年のように明快に弾ききります。
しかし、いつものヤンチャさは影を潜め誠実に音楽に貢献しています。

私はこの曲を柔らかく弾かれるとつい眠くなってしまうのですが、これは品と味わいと余韻の重なり合いを感じる佳演で最後まで堪能できました。

ピアノ・ソナタ第20番 ト長調 作品49の2

20番も全く同じアプローチですが、曲自体がモーツァルト風なのでハイドシェックモーツァルトのノリで演奏しているようです。
しかもかなり上等な演奏です。ノリすぎていません。
お上品な練習曲になっていないし、跳ねたり飛んだりにもなっていません。
音色も美しいし、タッチもこの曲にふさわしくレガートではないが粒立ち過ぎてもいない、まさに絶妙なものです。

一体どうしたんだエリック!素晴らしいぞ。

こういう風に弾いた彼のモーツァルトを聴いてみたくなりました。

ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 作品111

そして32番

本当に今回のハイドシェックはどうしてしまったのでしょうか?
彼に何があったのか?と思いをめぐらしてしまうような演奏です。
いつもいたずらをしたり冗談を言ったりして、楽しいけどちょっと迷惑な友人が突然心の奥深くに隠していた心情を打ち明け始めた、というようなこそばゆい気分です。

第一楽章の第一音から大真面目の本気の気迫が伝わってきます。
リズムの打ち方に彼流の工夫が見られますが、いつもの彼と違い真っ直ぐな気迫をスポイルすることはありません。
この楽章に込められていると考えられるものを全く曲げずに情熱的に伝えてくれます。

最も驚くのが第二楽章
なんの(彼流の)工夫もなく、繊細な情感を指先に込めて弾き進めていきます。
こちらも心を鎮めて安心して入り込むことができます。
第四変奏では感極まったように伸ばす一拍目にクセを感じましたが、会場の反響が聴こえるような環境で耳を澄まして聴くと、ソノリティが時間をつなぎ合わせて違和感は解消しました。(オーディオの質は大切だと思います)

私はこの演奏にはせつなさよりも人生への暖かい愛をより多く感じました。
幸せになれる演奏です。
この曲の最上の演奏の一つといって良いでしょう。



このCDに収められた演奏は3曲とも素晴らしいものでした。
こういう事があるので、たとえ失敗があってもハイドシェックを聴くのをやめられないのです。

[2009-3-7]